20年前、江原道束草市(カンウォンド・ソクチョシ)に住んでいるある薬剤師が自分の全財産を投げ出し、勉強はできるのにお金がなくて学業を続けることができない境遇にある生徒を支援するための奨学会を設立した。
この奨学会は、同じ境遇にあった自分を支援してくれた養父に対する恩返しの性格を持つものだった。その奨学会の発足式で、父親は薬剤師の養子を激励し、こう語った。
「貧者が灯す一つの燈は、長者が灯す一万の燈と同じだ」
20年余り前に本紙が報じた(1982年10月30日付社会面トップ)、束草市で薬局を経営している金忠鎬(キム・チュンホ、66、束草市琴湖洞)さんと金さんの養父朴泰松(パク・テソン、96年逝去)さんとのストーリー、そして金さんが設立した衷情奨学会についての話だ。
22日午後2時、束草文化会館の大講堂で、衷情奨学会の設立20周年記念式典が行われる。これまで同奨学会の支援を受けて勉強し、現在各界で活躍中の奨学生40人が一堂に会する。
衷情奨学会は毎年、地元の襄陽(ヤンヤン)高校と束草高校を卒業する生徒のうち、大学に合格したが授業料の払えない2名を選抜して、大学を卒業するまで授業料全額を奨学金として支援している。
同奨学会の奨学生のうち、最年長者は40歳で、最年少者は大学1年生。出身大学を見ると、ソウル大学が10人、残りの40人が高麗(コリョ)大学、成均館(ソンギュングァン)大学、漢陽(ハニャン)大学、江原(カンウォン)大学など全国各地に分布している。教師、医師、会計士、会社員、記者など、職業も様々だ。
金理事長が誇りに思っているのは、彼らの職業や出世ではない。彼らが誠実で一生懸命生きる社会人になっており、一人前になっているということだ。
金理事長は「勉強を終えて仕事を見つけた後、結婚式の仲人を頼まれる時と、子どもを産んでその赤ちゃんを抱いて会いに来てくれる時が一番うれしい」と話した。
奨学会の設立の契機となった金さんと養父朴さんの関係は、48年前にさかのぼる。
地元の有力者として、55年3月、江原道襄陽郡にある襄陽中学の卒業式に出席した醸造場経営者の朴さんは、3年皆勤賞と優等賞を受賞する幼い金さんに注目した。当時、金さんは家庭の経済事情がよくなかったため、高校進学をあきらめないといけない状況だった。
朴さんは金さんを自分の家に連れてきて高校を卒業させ、ソウルにある東洋大学医学部(現慶煕大学薬学部)に進学させた。そして金さんは薬剤師になった。その後27年の歳月が過ぎた82年末、金さんは養父朴さんに恩返しをする意味から、5000万ウォンを出して衷情奨学会を設立した。
奨学会を設立する前に、金さんは養父朴さんに手紙を書いた。
「お父さんの助けがなかったら、今の私もありません。お父さんの志を受け継ぐために奨学会を設立することにしました」
数百人に奨学金を与えるような大規模な奨学財団ではないが、たとえ一人、二人でも支援をして、その能力に見合った人生の進路を選択できるようにしてあげたいというのが、金さんが奨学会を設立した理由だ。
金さんの奨学基金は、現在1億5000万ウォン。この基金を用意するために、金さんは85年ソウルに所有していた土地を売却し、苦しい生活を余儀なくされた。
金さんは衷情奨学会20周年記念演説で、息子のような奨学生にこう話す考えだ。
「決して信頼を失ってはいけない。そして、最も豊かな人になる方法は人を助けることだ」
これこそ養父が自分に残してくれた人生の教訓でもある。
sunghyun@donga.com






