今年初め、法律を改めて国家情報院(国情院)長、検察総長、国税庁長、警察庁長は憲法上、国会の任命同意対象ではないにもかかわらず、国会聴聞会を通すようにした理由は明白だ。これらが権威主義時代の帝王的大統領の強力な権力行使を支える4本柱であったためだ。これらのポストを職級に関係なく「ビッグ4」と呼ぶ理由でもある。
情報収集と調査、司法処理の権限を持つ国家機関に政治権力の垢がつけば、それだけ屈折されたり堕落しやすい。これらが「権力の侍女」と呼ばれた恥ずかしい過去が、それをよく物語ってくれる。任期の残っている検察総長は論外にしても、残り「ビッグ3」の人選と聴聞会は、政治権力による国家機関の権限濫用と歪曲を防ぐための法改正の趣旨を尊重しなければならない。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が、日本植民地支配での独立運動の記念日「3・1節」の記念行事で「政権のために奉仕してきた権力機関は国民のための機関に生まれ変わらなければならない。権力に媚びる者の占める場所はない」と強調したのも、そういう意味に受け取れる。
それにもかかわらず、国情院長の人選について大統領府から違った声が出ているのは怪しげだ。盧大統領は「政治権の機嫌を伺わず、時には大統領の意思も逆うことのできる実務型の人物」を捜しているが、むしろ参謀らが「大統領の哲学と意思を理解し、大統領と通じる中堅幹部級」の抜擢を進言したことには、首をかしげたくなる。
大統領の意思をよく汲み取らなければならないことと、政権のために奉仕しなければならないというのは、結局、同じ言葉ではないか。また権力に対するお世辞と大統領との意思疎通は紙一重ではないか。中堅幹部なら政界の人物を意味するようだが、それなら大統領参謀らが提案する国政院長の人選基準は過去の政権と何ら変わりがない。したがって盧大統領は最初の所信どおり推し進めるのが正しい。
合わせて、昨日発表した国税庁長と警察庁長の候補者も聴聞会の過程で資質と道徳性はもちろん、政治的中立性に重大な欠陥が見つかれば、任命を見直さなければならない。






