イラクは石油の埋蔵量が1000億バレルで、中東地域でサウジアラビアにつぐ第2位の産油国だ。しかし、サウジアラビアの1人当たりの国民所得が1万ドルを上回るのに対し、イラクは1000ドルにも及ばないものとされる。
1977年、イラクの1人当たりの国民所得は1500ドルくらいだった。1979年、フセイン氏が正式に大統領に就任して以降、国民所得は続けて急減した。5歳になる前に死亡する子どもの比率が、1980年代末には1000人当たり56人だったのが、1990年代半ばには131人へと増えた。
1980年から1988年までの8年間のイランとの戦争、1990年のクウェート侵攻(湾岸戦争)と、それによる国連の経済制裁措置が経済難の原因だ。フセイン大統領の無謀な開戦決定が産んだ代価を国民が支払っているわけだ。
しかし、イラク国民がフセイン政権から離反しているという証拠は見られない。
イラク専門家であるテルアビブ大モゼダヤンセンターのオフラ・ベンジオ先任研究員は「フセイン大統領は、国家の富強ではなく自身の生存のための、卓越した能力を持っているから」との見方を示した。
フセイン大統領の政権基盤は、唯一の政党であるバース党と同大統領の故郷ティクリト出身の4つの家門の親族ら。息子のウダイとクサイ、二人とも軍部指導者の娘と結婚させ、姻戚関係でもって軍部との人脈を維持している。機会があるたびに、反乱容疑者への粛正を行うなど潜在的な不満勢力を取り除いてきたため、イラク内ではこれ以上脅威になる人物は存在しない。
こうした要因のほかにも、イラクの独特な経済体制もフセイン政権を支えている要因だ。イラクは社会主義的な配給体制と資本主義を結び付けた混合経済体制を採択した。
砂糖と茶、小麦粉など1カ月間の基本食糧となるパッケージをわずか250ディナール(約100ウォン)で販売している。商人は販売価格の3%を取る。同じ方式で、タクシーの運転手には車両を、農民にはトラクターを安価で提供している。これをイラクでは「進歩した社会主義」という。
農民と漁民の全員が協同組合に所属しており、協同組合は、農民と漁民が販売した価格の5%を徴収するものの、燃料など基本的な物品を安価で供給している。協同組合の役員は投票で選出する。これらはエンジンのような高価な物品を安く提供する場合、抽選で恩恵対象を選び、それなりの公正性を維持している。企業の場合、税金が利益の3〜4%台で低い。
米ウォールストリートジャーナル紙は7日、イラクのルポ記事を紹介し「イラク政府は、石油を販売した金で、生活必須品を購入、国民に均等に配ることによって、政権への不満を遮断している」と報じた。
洪銀澤 euntack@donga.com






