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風雲の剣客、具ギョドンの涙の銅メダル 世界フェンシング選手権

風雲の剣客、具ギョドンの涙の銅メダル 世界フェンシング選手権

Posted August. 21, 2002 22:22,   

山と河が一度は変わると言われる長い歳月を太極(テグク)マークをつけてはいたものの、文字どおり不運の連続だった。五輪とアジア大会のような大舞台では候補選手として対戦する機会も与えられなかった。ただ、遠くから同僚たちの対戦を見守るしかなかった。

繰り返される挫折のなかで、引退までも考えていた具(ク)ギョドン(30・蔚山市庁)。彼が、その数々の暗い記憶をすっきり吹き飛ばした。

21日、ポルトガルのリスボンで開かれた2002世界フェンシング選手権大会、男子エペ個人戦の準決勝。世界ランキング240位の具は、28位のパベル・コロブコフ(ロシア)に12—15で惜しくも破れ決勝進出はならなかったが、銅メダルを首に飾った。

これで具は、欧州の牙城とされてきた同種目で、アジア勢では初のメダル獲得という快挙を達成した。今大会で韓国フェンシングは、女性エペでヒョンヒ(京畿道体育会)が金メダルを獲得したのに次ぎ、もう一つの好成績を挙げ、来月の釜山(プサン)アジア大会に展望を開いた。

61カ国から169人が出場した予選リーグを6戦全勝で軽く通過した具は、64強戦でマレク・ペトラスジェク(ポーランド)を迎え14—13で辛勝し、最初のやま場を通った。32強戦は、手に汗を握る「身内の対戦」だった。同僚の李サンヨプ(釜山市体育会)とぶつかり、接戦の末に15—14でかわした。2戦を1点差で押さえた具は、上昇ムードの波に乗って16強戦と準々決勝戦も次々と勝ち進んでいった。優勝は4強戦で具を倒したコロブコフが勝ち取った。

小学校時代はハンドボール選手だった具は、晉州(チンジュ)のボンウォン中学校1年生とときに初めて剣を握りはじめ、晉州機械工業高校と韓国体育大学を卒業した。91年3月、初めて代表に選ばれて以来、10年以上を泰陵(テヌン)選手村の生活をしてきたが、93年のアジア選手権大会で銀メダルを獲得しただけで、これといった成績を挙げられなかった。とくにビッグ大会とは縁がなかった。



金鍾錫 kjs0123@donga.com