Go to contents

[社説]李候補が「法治主義」を根づかせるには

[社説]李候補が「法治主義」を根づかせるには

Posted May. 23, 2002 11:04,   

野党ハンナラ党の李会昌(イ・フェチャン)大統領候補は昨日、寛勲(クァンフン)クラブの討論会で「権力を戦利品と考える帝王的大統領の時代は終わらせなければならず、3権分立を確実に定着させて、法治主義を根づかせなければならない」と述べた。金大中(キム・デジュン)政権の人事破たん、国政破たんはすべて私有化された権力から始まったものであり、民主主義の基本を守らなかったのがその原因ということだ。

ごもっともである。しかし、一時代一社会の文化に逆らう改革や法治は決して容易ではない。ここでいう文化とは、慣行と風土を網羅する包括的な意味だ。「金泳三(キム・ヨンサム)の文民政府」と「金大中(キム・デジュン)の国民の政府」が続いて失敗するしかなかった根本的な原因も、権力と政治文化を改革できないまま、改革を掲げたことにあるだろう。法治も同じだ。権力と政治文化の一大刷新が前提にない法治は、法律的意味の狹義にとどまるだけで、真の法治とは言いがたい。

ならば李候補は、権力と政治文化をどう変えるのか、具体的で実践可能な青写真を提示しなければならない。現政権の権力型不正と腐敗への厳正な法執行を強調する線で終わっては、国民の幅広い共感を得ることができるか疑問だ。

政治文化の改革で最も急を要するのは、いかにして現在の地域構図政治を国民統合の政治に移行させるかということである。民主主義と法治主義が、地域主義のかっ藤を緩和させ、国民統合に寄与することは可能だ。しかしより重要なことは、指導者の意志である。民主主義と法治で国民統合を成し遂げるという確固たる意志表明とともに、制度的案を提示しなければならない。「国民大連合で統合と和解の時代を開く」という具合の原論のレベルではいけない。構造的腐敗を防止する政治改革や人事改革案も詳細に提示すべきである。時代の要請を読み取って正しく導いていくこと、それが大きな意味での真の法治である。