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[CEOコラム]企業の透明性は情報の共有次第

[CEOコラム]企業の透明性は情報の共有次第

Posted June. 15, 2001 10:53,   

結構長い間、企業という組織に属していたが、最近のように「透明性」や「リーダーシップ」という言葉を頻繁に耳にするのも初めてだ。

国内の経済事情がなかなか改善せず、輸出が数ヵ月連続して減少しており、韓国の商品と国全体の競争力を高める妙案を模索すべきという意見が多い。

韓国有数の企業が次々と舞台裏に消え去っていく一方、企業の業績表とも言える株価指数が600ポイント台で伸び悩んでいるのを見ると、韓国企業の競争力と共に経営の透明性がイシューになるのも無理はない。

これといって自慢出来るものもない上に企業の内部が病んでいるというのが韓国経済の実状だ。

「コリア・ディスカウント」という不名誉なレッテルも貼られている。

どうすればこの不名誉なレッテルを剥がすことが出来るのかと、もどかしい思いでいる人は少なくないはずだ。「どうして韓国には、米GEのジェック・ウェルチや日本京セラの稲森和男のような立派なCEOが出てこないのか」という質問に、答えられないということ自体がもどかしい。

企業の透明性確保が、最近となっては企業競争力の基盤として重視され、この問いと関連して多様な処方箋が提示されているが、中には実効性という少なくない問題を抱えているものもある。

経営が、企業の目的とビジョンを実行し、その企業の価値を最大に高める作業だとすれば、会社そのものは、当然これを使命として定め、役割を全うすべきである。にもかかわらず、こういった事が分かっているはずの人々も、経営の責任者と取締役会、またはその構成員を対立的な構図で設定してこそ意思決定がきちんと行われ経営の透明性も保証されるものだと主張するようになった。

このような主張が台頭したのは、過去の拭いがたい韓国企業の歴史があるからだろう。だからといって会社のセクションを、それぞれ与えられた使命と役割があるにもかかわらず、互いに異なった価値を持つ構造で設定するのは、企業の存在や経営の価値を余りにも軽く捕らえた結果ではないかと思い心配だ。下手をすると、当然得られるはずの株主の価値どころか、企業の生存そのものが問題になる場合さえも考えられる。

CEOが、株価で代弁されている企業価値を破戒するほど疑わしい人物であるなら、現在のシステムでも自分のポストは守れない。韓国社会もそのような問題に合理的に対処出来るほどのレベルに達している。

最近、改めてCEOの役割に相応しい処遇と関連し、議論が活発に行われているのを見ると、次第に企業経営においてのCEOの使命と役割に対する社会的な理解が高まっていることが確認される。

透明性に対する社会的な期待は、経営部門の対立的な構図で達成されるのではなく、むしろ企業を理解し経営上の意思決定過程を共有する方法で達成されるものである。最近、論争の焦点となっている社外理事制度もこのような観点から出発してこそ、制度導入の趣旨を生かすことが出来るだろう。

いまこそ、韓国社会が、成功したCEOと多くのCEO候補者の信頼を基盤に一層成長するよう励まし、彼らが能力を100%発揮できる制度を作ることにも力を入れるべきだと思う。

LG電線クォン・ムンク代表理事副会長