これほど国民をばかにした政治があるだろうか。金大中(キム・デジュン)大統領とハンナラ党の李会昌(イ・フェチャン)総裁の二人による先日の会談は、両者の稚拙な意地の張り合いに終始一貫し、国民に多大な失望と不安を抱かせることになった。
仮にも一国の指導者たちが、国家と国民が直面している状況よりも政治派閥の利益を追求して言い争うだけでは空き足らず、連日相手の非難に熱を上げている状況だ。党首会談以来さらに激化している与野間の稚拙な責任転嫁、揚げ足取りの攻防は見るに耐えない。一体国民を何だと思っているのだろうか。腹立たしい限りである。政治がこれほど機狽僳⓾モオた状況で、経済難をどう克復するのか、そして民生はどう解決するつもりなのだろうか。
今回の党首会談決裂の事態は、どちらが間違っているとかの次元ではではない。初めから相手の言い分を聞く気などさらさらなく、自分の主張だけを押し付けようという姿勢だっただけに、合意も何もあったものではなかった。
第一に金大統領の現実認識は世論のそれとは余りにもかけ離れているという事実が再確認された。特に金大統領の「議員レンタル」に対する認識は失笑を買った。それが「広義の正道」であると敢えて主張し、「今からでもハンナラ党が国会法処理に協力してくれれば、自民連に移籍させた3名の議員を連れ戻せる」と述べた。本紙が指摘した通り、憲法機関である国会議員を物のように貸し出したり取り戻したりできるという認識が浮黷スといえるだろう。
数の政治、力の政治に執着しているからこんな発言に至ったとしか考えられない。このような考えを持っている限り、野党と対話、妥協し、‘生きた政治’を実現させることができるだろうか。
李総裁の非常識な発想もお寒い限りである。「安企部(国家安全企画部)の総選挙資金流入捜査を中断せよ」との要求は、彼自身があれほど強く主張してきた‘検察の政治中立化’にまったく反する意見だ。国民の税金を特定政党の選挙資金として流用した非道な行為を野放しにしてはいけない。また李総裁は院内の多数党としてのハンナラ党がとった行動が、小数与党を極限にまで追い詰めた責任にも触れようとしていない。
ミスの責任を全面的に相手に押し付ける無責任な政治の典型を今回の会談は示してくれた。まさにそこから変えていかなければならない。言いたいことは相手に全部言ったはずだ。今度は自分の犯した間違いが何なのかを謙虚に反省して国民の前で認め、出直すべきである。まずは「議員レンタル」のような便法と術数の政治を、原則と正道、順理の政治にたち戻さなければならない。






