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2次離散家族、落ち着いた再会

Posted December. 03, 2000 19:48,   

第2次離散家族相互交換訪問が2日、幕を閉じた。離散の‘恨’と再会の感激が再び我々の胸を熱くしたが、手紙のやり取りや生死確認、離散家族面会所の設置など問題の抜本的な解決は今後開催される4次閣僚級会談(12〜14日)と金剛(クムガン)山で行なわれる予定の第3次赤十字会談へと持ち越された。2次交換訪問を決算してみることにする。

▽落ち着いた離散家族再会=1次に比べ、1日少ない2泊3日の日程であったが、参観を減らし、午前と午後に相次いで個別対面を行なえるようにしたため、実際の対面時間は1次とほぼ同じ9時間程度であった。

1次再会に比べ、2次再会は比較的落ち着いた雰囲気で進められた。平壌(ピョンヤン)を訪ねた訪北団は235名の北朝鮮側の家族と再会の喜びを分かち、ソウルを訪ねた北朝鮮側の訪問団は483名の韓国側の家族に会った。再会時の警備面においても、1次の時の18億7000万ウォンの半分相当の9億7000万ウォンの支出であった。

しかし、ソウルを訪問した北朝鮮赤十字の張在彦(ジャン・ジェオン)中央委員長とチェ・スンチョル中央委常務委員が大韓赤十字側と実務対談を行ない、先送りされた3次赤十字会談の日程と離散家族再会の制度化問題などに関しての論議が行なわれるのではないかと期待が持たれていたが、行事日程の遅れにより、実現されなかった。

▽残った課題=北側の言い掛かり攻勢とそれに対する政府の無対策も相変わらずであった。

北側は朝鮮(ジョソン)日報のインターネット記事に問題があるとし、南北連絡館での接触もなしに記事作成と直接関係のない平壌共同取材団所属の朝鮮日報の写真記者を事実上、監禁し、韓国側の訪問団の出発を遅らせた。

離散家族事業を主管している大韓赤十字社の張忠植(ジャン・チュンシク)総裁が自身による北朝鮮卑下発言に対する北側の抗議によって離散家族再会行事に出席もできず日本へ出国したため、対北低姿勢が問題になりもした。