韓国の大手企業の大宇(デウ)自動車の労使が、構造調整の合意という瀬戸際を超えたのは28日、幹部陣らは交渉の際よりも複雑な表情だった。
労組の幹部は「虚脱感もあるが、その一方スッキリした気持もある」と話した。会社が不渡り処理を受けてから20日間、労組としては「全てが解決へと向かう出発点は労組の同意」だという政府と銀行債券団、特に世論の圧迫にさらされていた。機械がストップしたうえ、協力会社までが立て続けにつぶれていくなど、会社自体の存続にも危機感が広まっていた状況であったにもかかわらず名分を優先していた労組は、ようやくその負担から切り抜けられるようになったのだ。
さらに気楽になったのは、同僚の非難からも多少なりとも切り抜けられるようになったという点。労組が同意書の提出を拒否した故に、結局不渡り処理になった以降、事実上、執行部は名目を失った。労組員らは、Eメールを通じて「なぜ同意書を書いてくれないのか」と執行部を批判し、工場がストップしたブチョン(富川)工場とは異なり、チャンウォン工場とグンサン(群山)工場の勤労者らは「一刻でも早く同意書を提出して仕事を再開するべき」と促した。一般事務職の勤労者は「倒産した会社での構造調整は当たり前だ」とし、集団辞職書をすでに提出していたこともあった。
同意書に合意した27日、合意文を受け入れるまでには、3時間という激論が行われなければならんなかった。「徹夜をしてでも代議員の一人一人の意見を聴かなければならない」、「結局組合員を首にするという意味ではないか。だとしたら当然受け入れられない」などの反対論が大方を占めた。
「時間がない。いかなる合意文を出しても減員になるしかない。一応、受け入れてからいかに対応するかを準備するのが重要だ」との労組委員長の説得によって事態は収まり、結局合意文は満場一致で受容するという決定が下ろされた。
工場が完全に正常可動するまでには、まだまだ乗り越えなければならない山場が多いが、すでに手柄は銀行債券団と政府の物と化していた。大宇自動車の企業価値を高めて海外売却を成功させたのも政府と銀行債券団のとりまえであった。
「工場の正常可動をひたすら祈願するのみだ」鬚も剃り残したかさかさとした顔を摩る労組員から「会社なしには労組もない」という平凡な事実を改めて思い知らされた。






