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韓国柔道が何故惨敗したのか?

Posted September. 22, 2000 19:14,   

オリンピックでメダル獲得の可能性が高いといわれている柔道が、今回のシドニーオリンピックではたったひとつのメダルも取れないという惨めな結果に終わった。韓国がオリンピックの柔道で初の金メダルを獲得したのは84年のロサンゼルスオリンピック。当時、アン・ビョングンとハ・ヒョンジュが共に金メダルを獲得し、88ソウルオリンピックでも2つ(キム・ジェヨプ、イ・キョングン)、92バルセロナオリンピックでも1つ(キム・ミジョン)、96アトランタオリンピックにおいても2つ(ジョン・キヨン、ジョ・ミソン)など、柔道の宗主国である日本を脅かすまでの勢いだった。

しかし韓国はこれ以上「柔道強国」であることを誇示することが難しくなった。何故ここまで墜落してしまったのか。一言で言えば大韓柔道会の我執と独占が招いた結果だと言えるだろう。韓国柔道の沈滞はかなり前から予想されていた。96アトランタメンバーらが出場した97世界選手権の時までも、韓国はジョン・キヨン、ジョ・インチョル、キム・ヒョギなどにより3つの金メダルを獲得しており、その勢いは堂々たるものだった。しかし韓国柔道の看板選手だったジョン・キヨンが引退してから、韓国柔道は世代交替に失敗し、沈滞の道を歩み始めた。こんな状況の中、有望選手の発掘はもちろん、海外の情報収集にも大きな関心を持たなかったのである。今大会で金メダル候補だったジャン・ソンホが無名のアルジェリアの選手に、ジョ・ミンソンがキューバの選手に負けたことも、新興強国として浮上中のアフリカと南米に関する事前情報が皆無だったからだ。

新鋭の発掘に手を抜き、既に引退しているジョ・ミンソンとジョン・ソンスクを再び呼び寄せるという苦肉の策を導引したが効果を来たさなかった。反面、アトランタオリンピック当時、3つの金メダルを獲得したフランス(3つ)と韓国の勢いに押されて4つの種目で金メダルを逃した日本が、今回のシドニーオリンピックを準備した過程は見習わなければならない点が多い。日本はアトランタオリンピック以降、ヨーロッパで開催される国際大会にすべて出場し、ヨーロッパ選手に対する適応力をつけた。シドニーオリンピックの直前である7月には史上初のヨーロッパ転地訓練も行った。代表選抜戦の方式も思い切って変え、3回に渡る国内選抜戦を経て選んだ1、2陣を、幾度も海外大会に出場させ、たくさんの変則的な技術に適応できるようにした。