日本政府は1967年、佐藤栄作当時首相が「核は持たず、作らず、持ち込ませず」と明らかにした「非核3原則」を国是としている。 しかし、日本は佐藤首相がこれを言明する7年前である1960年、すでに「核は持ち込ませず」という原則を放棄していたことが明らかになった。
朝日新聞は30日(水曜日)、米国立文書保管所に保管されていた秘密解除文書を入手し、日本が1960年米国と新たに安保条約を締結する際、「核持ち込み不可」の原則を放棄したと報道した。
これまでは日米両国が1951年に締結した旧安保条約を改正し △日本の基地を利用した外国を対象にした軍事作戦 △核兵器の持ち込み △中長距離ミサイルの持ち込みなどは両国の協議事項として決めたと伝えられた。 しかし、今回公開された「日米安保条約と関連して締結された非公開合意原則」によると、協議対象の「核兵器の持ち込み」は、核兵器の陸揚げと貯蔵に制限された。 従って、核を搭載した米軍機や艦艇は、日本との協議なしに自由に日本の上空や領海、港湾などから入港できるようになっていたのである。
また、米軍が日本の基地を利用し、外国で作戦を展開する際も協議することになっているが、「韓国の在韓国連軍が武力攻撃を受けた場合、在日米軍基地の使用を認定する」という例外が認められた。
日本の学界などからは秘密協約があるという主張が絶え間なく提起されてきた。 一部の自治体は、寄港する米軍艦艇に対し、核兵器を搭載していないという旨の証明書を求め、中央政府と摩擦が生じたこともあった。
その都度日本政府は「非核三原則」に揺るぎはなく、秘密協約はないと解明してきた。今回の報道に対しても外務省は「安保条約の密約は一切存在しない」とし、「このような文書について1つ1つ米国に問い合わせたり、調査する必要はない」と明らかにした。
しかし、関連文書が公開されたことで日本の「非核三原則」は虚構であるとの非難を免れなくなった。






