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坂元裕二氏、ソウル上演の戯曲語る「韓国文化は私にとって原初的な感情に近い」

坂元裕二氏、ソウル上演の戯曲語る「韓国文化は私にとって原初的な感情に近い」

Posted June. 19, 2026 08:33,   

Updated June. 19, 2026 08:33


7日、ソウル鍾路区(チョンロク)のヨンウ小劇場で一つの演劇が幕を下ろした。10日間にわたる小規模公演だったが、毎回満席となった作品のタイトルは「またここか」。聞き慣れない初演作品だったが、多くの観客は劇作家への信頼から劇場に足を運んだ。日本を代表する脚本家、坂元裕二氏(59)が手がけた作品だからだ。

坂元氏は2023年、是枝裕和監督の映画「怪物」でカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞し、世界的に名を知られるようになった。しかし、日本ではすでにスター脚本家だった。社会現象的な人気を集めたドラマ「東京ラブストーリー」(1991年)でデビューと同時に注目を浴びた。韓国でも「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004年)、「Mother」(10年)、「花束みたいな恋をした」(21年)など、彼が脚本を手がけたドラマや映画の人気は高い。

実は彼は長年にわたり戯曲を書いてきた劇作家でもある。今回の公演は、出版社アルマが今年1月に戯曲『またここか』を出版したことをきっかけに実現した。坂元氏のファンであるアルマ代表のアン・ジミ氏が、18年に日本で上演された作品の戯曲翻訳を提案したという。最近、東亜(トンア)日報の書面インタビューに応じた坂元氏は、「戯曲は日本でも簡単に出版されるものではないので、提案を受けて驚きました。海外作品の翻訳は、その国の文化の成熟度を示すものだと思います。そのため韓国文化に対する敬意もさらに深まりました」と語った。

「またここか」は古いガソリンスタンドを舞台にしている。主人公はガソリンスタンドを経営する若い店長、近杉。異母兄の根森が訪ねてきて、父親の医療事故を知らせることから物語が始まる。決して分かりやすい作品ではない。事件そのものよりも会話を通じて登場人物の過去や秘密が明らかになるからだ。理解しづらい行動や言葉が随所に繰り返されるため、観客はかなり長い時間、人物像を十分に理解できないまま会話を追うことになる。映画「怪物」などでも用いられた手法だ。

坂元氏はこれについて、「始まってすぐに人物像が説明されるタイプの作品は好きではないし、自分がやるべきことだとも思いません」と語った。

「もちろん作品の敷居が高くなることは分かっています。でも私は現実とかけ離れた方法で作品を書きたいとは思いません。現実の中で私たちは他人を少しずつ知っていきます。会った瞬間にその人を理解したと思っても、決してその人を知ったことにはなりません。そして他人を完全に理解することは永遠に不可能だという余地も必要です。私は創作において、『理解すること』より『理解できないこと』の方が興味深いと思っています」

坂元氏は1990年代から朗読劇や短編演劇の脚本を何度も執筆してきた。「またここか」は彼にとって初の長編戯曲であり、長年の友人からの依頼を受けて書いた作品だという。彼は「演出家でもある友人は、20代の頃から酒を飲むたびに『自分のために1本書いてほしい』と言っていました。いつも面倒だと思っていましたが、ある晩、気分が良かった時に引き受けてしまいました」と振り返った。

冗談めいた口ぶりだったが、坂元氏は以前から戯曲を書くことを「生涯の仕事」と考えていた。映像作品を主に手がけてきた彼にとって、観客と直接向き合えることは演劇の大きな魅力だった。今回も来韓して公演を観劇する予定だったが、新作の執筆のため実現しなかった。彼は「最近あったことの中で最も残念なことでした。近いうちに韓国へ行けることを願っています」と話した。

坂元氏は韓国への愛着も深い。まず洪尚秀(ホン・サンス)監督の熱烈なファンだ。また、これまで何度も韓国との共同作業に関心を示しており、今年4月には母親と韓国を旅行した。韓国との縁について尋ねると、幼い頃の思い出を語ってくれた。

「7歳の頃、家族で海水浴に行った時のことです。サービスエリアに立ち寄った父が、間違って韓国の音楽テープを買ってしまったんです。今で言うならトロットでしょうか。しかも大渋滞に巻き込まれ、私たちは6時間以上、全く意味の分からない韓国語の歌を繰り返し聴くことになりました。子どもだった私はとても不満でしたが、今でもその時間を忘れられません。見知らぬ言語で歌われる、感情のたっぷり込められた歌。今でも私にとって韓国文化は、グローバルな何かではなく、原初的な感情に近いものです」


キム・テオン記者 beborn@donga.com