米大リーグ(MLB)で通算3000奪三振を達成すれば、殿堂入りに値する「オーバースペック」と言っていい。直近で3000Kを達成したのはロサンゼルス・ドジャースの伝説的投手クレイトン・カーショー(38)だ。カーショーは昨年7月にこの記録を打ち立て、約2カ月後に引退を発表した。伝説級の選手でもキャリアを絞り尽くしてようやく到達できる記録だ。
ところがカーショーより4年前にこの記録を達成したマックス・シャーザー(42)は、今季も現役としてプレーを続けている。トロント・ブルージェイズの先発ローテーションの一角を担い、ワールドシリーズ制覇に再挑戦する。
ダイナミックな投球フォームで毎イニング全力を注ぎ込み、左右で瞳の色が異なるオッドアイのシャーザーは、ミズーリ大学時代から同名映画にちなみ「マッドマックス」と呼ばれてきた。2008年MLBドラフトで1巡目11位でアリゾナ・ダイヤモンドバックスに指名されたが、エネルギー消費の大きい投球スタイルから先発として長く活躍するとの評価は多くなかった。球団も短いイニングを投げるリリーフ投手として起用する想定だった。
しかしシャーザーは同年4月30日のヒューストン・アストロズ戦で救援登板し、4回3分の1イニングで13人の打者を連続アウトに仕留め、当時の連続打者アウト記録を樹立した。ブライアン・プライス元投手コーチは「球威以上に際立っていたのは、彼が放っていた自信だった」と振り返る。その後、リーグ最高投手に贈られるサイ・ヤング賞を3度受賞した。
そんなシャーザーにも自信を失う時期があった。30代後半の2023年シーズン終盤から慢性的な親指の痛みに悩まされた。ステロイド注射やドライニードリングなどあらゆる治療を試みたが効果はなかった。昨季も先発は1度にとどまり、親指の痛みで故障者リスト入り。6月に復帰した後も、マウンドに立つと痛みが再発した。
そのシャーザーを救ったのがピアノだった。4人の子どもの父である彼は、オールスターブレーク前に子どもたちにピアノを教え始めた。すると演奏後にボールを握ると親指の痛みが和らぐことに気づいた。「マッドマックス」はそれ以降、狂ったようにピアノを弾き続けた。遠征先でも宿泊ホテルのロビーにあるピアノを弾いた。「夜10時半にピアノを弾く客は初めてだというような目で見られたが、仕方なかった」と振り返る。
やがてピアノのタッチを再現できる携帯用キーボードを入手し、ホテルの部屋に持ち込んで音量を抑えた独奏を続けた。「41歳で全く知らない新しいことを学ぶのは本当に楽しい」と語り、同僚からリクエスト曲も受け付けた。
「ピアニスト」となった「マッドマックス」は昨年のワールドシリーズ第7戦で先発した史上最年長投手となった。すでにすべてを成し遂げたとも言える選手が、なお執念を持って挑み、自身のキャリア最高の瞬間を再び生み出したのだ。米国の心理学者アンジェラ・ダックワースは、分野を問わず卓越した成果を収めた人に共通する資質として、長期目標に向けて粘り強く努力し続ける力を「グリット(grit)」と呼んだ。シャーザーこそ、その言葉に最もふさわしい存在だ。
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