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米国のハメネイ師排除、イラン体制の行方を読み解くコード

米国のハメネイ師排除、イラン体制の行方を読み解くコード

Posted March. 07, 2026 09:43,   

Updated March. 07, 2026 09:43


任期4年のイスラム議会議員290人と、任期8年の専門家会議議員88人を同時に選ぶ2016年総選挙で、イランの若者たちは「30+16」と書かれたプラカードを掲げて選挙運動を行った。イラン政治の中心地である首都テヘラン選挙区で、改革派候補をすべて当選させようという意味だった。韓国の国会に当たるイスラム議会の候補30人、最高指導者を選出または弾劾できる専門家会議の候補16人を一人も欠かさず当選させようという大胆な動きを見て、筆者は到底あり得ないことだと思った。

というのもイランでは、中央選挙管理委員会に相当する護憲評議会が候補者を審査するため、イスラム体制に少しでも反する発言や行動をしたと見なされる改革派は立候補そのものが不可能だからだ。

護憲評議会は、最高指導者が任命するイスラム法学者6人と、最高指導者が任命した司法府長官が推薦し議会が同意した一般法専門家6人の計12人で構成される。彼らはイランのすべての選挙を管轄しており、改革派候補が審査を通過するのは極めて難しい。

ホメイニ師の孫で、最近は最高指導者候補の一人として名前が挙がるハサン師も、2016年の専門家会議候補審査で落選した。改革派聖職者として若者の支持を集めていたハサン師は審査結果に抗議し理由を尋ねたが、護憲評議会は説明する法的義務はないと答えた。その後、審査に来るよう短信を送ったが来なかったと付け加えた。これに対しハサン師がそのような短信は受け取っていないと反論すると、評議会は送ったと主張して議論を打ち切った。

このように改革派候補の出馬が困難な状況で、出馬できる人物をすべて当選させようという発想は現実味がほとんどなかった。筆者が首を横に振った理由だ。ところがイランの若者たちは驚くべき結果を生んだ。選挙結果は「30+15」。最後の投票箱が開く直前まで「30+16」だった。

強硬派政治家や保守的聖職者を追い出すために、国営メディアではほとんど紹介されない改革派候補をテレグラムやワッツアップで積極的に支持し、驚くべき結果を生んだのだ。若者たちは自分たちが支持する候補の出馬を阻んだ護憲評議会に一矢報い、強硬派が権力を握るのを防ぐため、無名の穏健派や改革派に投票した。

15年7月に米国をはじめ国連安全保障理事会常任理事国とドイツがイランと結んだ核合意が、事実上前例のない16年の「30+15」の原動力だった。しかし18年5月8日、米国が核合意を破棄してイランに対する最大級の圧力制裁を再開したことで、改革派は国民に約束した経済・社会発展を実現できなかった。米国やイスラエルが体制転換を掲げ、イランの強硬な指導部を追い詰めたとしても、16年の「30+15」の希望が復活する余地はない。外部勢力がどれほど民主主義や人権を唱えて体制転換を実現したとしても、外部勢力が立てた指導部がイラン国民のために滅私奉公するだろうか。到底あり得ないことだ。

1951年、議会で民主的に選出されたモサデグ首相を米中央情報局(CIA)と英国の秘密情報部(MI6)がクーデターで追放し、モハンマド・レザー・パフラヴィー国王(シャー)の王権を回復させた。シャーは米英の利益を守るために努めた。外部勢力の介入で歴史の流れが変えられた悲劇が再び繰り返されるのだろうか。いまこの瞬間、テヘランは炎に包まれている。