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裏切りと加害のフレームにもがく「国民の力」

裏切りと加害のフレームにもがく「国民の力」

Posted February. 07, 2026 08:49,   

Updated February. 07, 2026 08:49


「裏切りの政治は、必ず選挙で国民の審判を受けなければならない」

朴槿恵(パク・クンヘ)政権の中盤だった2015年6月25日。朴氏は閣議で、強い口調で発言した。国会が政府の施行令修正を要求できるよう与野党が合意して可決した国会法改正案に対し、拒否権を行使した場面だ。朴氏は「裏切り」の当事者が誰なのかを名指しはしなかった。しかし、当時の与党セヌリ党(現・国民の力)の院内代表として改正案処理に合意した劉承旼(ユ・スンミン)氏であることは、誰の目にも明らかだった。劉氏は13日後、院内代表を辞任した。

保守陣営には「裏切り者」フレームが広がり、分裂と没落が始まった。翌年の総選挙で180議席を狙っていたセヌリ党は、このフレームの中で朴氏の指針を忠実に実行した。裏切り者、あるいは裏切る可能性のある人物を洗い出し、公認から排除するための「真朴(真の朴槿恵派)鑑別士」が登場し、「真朴認証ショット」マーケティングが繰り広げられた。結局、「玉璽(ぎょくじ)騒動」の末、院内第1党の座を「共に民主党」に明け渡した。「コンクリート支持率」を維持していた朴氏も、国政壟断事件で罷免された。この過程で劉氏ら非朴(非・朴槿恵)系議員29人が離党した。

その後も保守陣営は、裏切り者フレームによって分裂を繰り返した。劉氏と再び手を組み、未来統合党として臨んだ2020年の総選挙は、化学的結合を成し遂げられず惨敗した。「30代・0選の党代表」だった李俊錫(イ・ジュンソク)元代表、尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領、安哲秀(アン・チョルス)議員が一時的に手を組んだ22年の大統領選・地方選では勝利したが、政権を奪還するや否や裏切り者フレームが再び頭をもたげ、党は尹氏と対立した李氏を追い出した。非常戒厳と大統領弾劾局面では、「賛弾(弾劾賛成)」と「反弾(弾劾反対)」に分かれ、裏切り者フレームの中でもがいた。こうして10年間はびこった裏切り者フレームの結果は、総選挙3連敗と2度の大統領弾劾だった。

裏切り者フレームは、いまや加害者フレームへと進化している。張東赫(チャン・ドンヒョク)代表を中心とする党代表派は、韓東勲(ハン・ドンフン)前代表が尹氏の弾劾に賛成して与えた「傷」から生じた膿を絞り出す必要があるとして、韓氏を除名した。裏切りの結果が離党なら、加害の結果は除名であり、懲罰の水準はさらに強まった。「国民の力」は6・3地方選でも、被害者である党員を慰め、強硬支持層を結集させる戦略を取ろうとしている。尹氏との決別や中道層の拡大より、被害者保護を優先する姿勢だ。

「共に民主党」にも裏切り者フレームが横行した時代はあったが、「国民の力」とは異なる点がある。金大中(キム・デジュン)元大統領に抜擢された金民錫(キム・ミンソク)首相は、02年、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領候補の支持率が底を打つと、鄭夢準(チョン・モンジュン)候補を支持して離党した。「共に民主党」は金氏に裏切り者の烙印を押しながらも再び受け入れ、李在明(イ・ジェミョン)大統領は首相に任命した。「国民の力」が裏切りと加害のフレームに陥った10年の間、「共に民主党」は保守系人物を取り込む「加算の政治」、選挙連合、保守イシューの先取りによる外延拡大で、保守票まで攻略してきた。一方、現在の「国民の力」には、劉氏や韓氏に再挑戦の機会を与えたり、中道に舵を切ったりする発想が見えない。李俊錫氏も、そうした「国民の力」との選挙連合には線を引いている。党が変わるには、まず裏切りと加害のフレームを捨て去らなければならない。