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「忘れられた独立運動遺跡」の世話をする市民たち、「独立闘士なしには我々もいない」

「忘れられた独立運動遺跡」の世話をする市民たち、「独立闘士なしには我々もいない」

Posted August. 16, 2025 08:42,   

Updated August. 16, 2025 08:42


忘れられた独立運動の遺跡を保存するために、積極的に乗り出した市民がいる。江原道春川市(カンウォンド・チュンチョンシ)では今年3月、「春川抗日愛国烈士遺産守り人(以下、遺産守り人)」の会が発足した。55人の市民が、地元の独立運動家を称える施設が不足しているという問題意識から集まった。メンバーは、自営業者や主婦、教授など多岐にわたっている。彼らは、子孫がおらず放置されている独立闘士の墓や生家跡を管理し、長い間忘れられた独立運動遺跡地を発掘して、国家報勲部顕忠施設への登録手続きに乗り出すなど活動を続けている。

13日、春川市南面(ナムミョン)で取材に応じた遺産守り人運営委員長のナム・グィウさん(61)は、韓国初の女性義兵長である尹熙順(ユン・ヒスン)義士(1860~1935)の墓に積もった木の葉を取り除き、碑石のほこりを手で払い落とした。尹義士は、韓国国内では義兵闘争を、満州では抗日闘争を率いた。1994年、孫の故リュ・ヨンイク光復会江原支部長らの努力で遺骸を満州で発掘し、ここに改葬した。しかし、ひ孫に至って事実上管理が途絶えた。これを受け、遺産守り人の会員10人余りは先月、ここを訪れ、墓を草刈りして整備した。ナムさんは、「お墓を整備してから1カ月しか経っていないのに、もう茂みが生えている」と話した。

近隣の朴化知(パク・ファジ)義兵長(未詳~1907)の墓も、事情は似ていた。先月、遺産守り人の会員たちがここを訪れた当時は、レンギョウの茂みが2メートル以上も生えていて、なかなか入れない状態だった。会員たちは、草刈り中に4人もスズメバチに刺されたりもした。子孫の連絡先が描かれた立て札があったが、「017」で始まる旧番号でつながらなかった。鉄製表示板には、朴先生の名前が「化知」ではなく「華芝」と誤って書かれていた。ナムさんは、「会員同士は、『奉仕』と呼ばないでおこうと話している」とし、「あの方々がいらっしゃらなかったら私たちもいないので、私たちの責任だ」と笑って見せた。

まだ日の目を見ない独立遺跡と独立有功者の発掘も、彼らの目標だ。朴義兵長は1907年の丁未義兵当時、義兵召募將として活動して逮捕され、拷問の末に殉国したが、まだ叙勲が完了していない。会員らは書類を補完し、朴義兵長の叙勲を繰り上げることに努める計画だ。

ナムさんは、「祖国の独立のために命を捧げたが、まだ独立有功者として認められていない方が多い」とし、「高齢の子孫は、顕忠施設の発掘と立証資料収集に耐え難い。国が出なければ、これらの遺跡は私たちの世代から消える可能性がある」と述べた。


春川=ソ・ジウォン記者 長城=イ・ヒョンジュ記者 wish@donga.com