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翼のない墜落

Posted April. 10, 2025 09:14,   

Updated April. 10, 2025 09:14


黒いシルエットの男が、虚空でもがいている。胸には赤い点を抱きながら。男の傍らには、炎のように見える黄色い物体がひらめいている。この男は誰だろうか。彼は空を飛んでいるのだろうか、それとも墜ちているのだろうか。

アンリ・マティスは、健康を害して絵が描けなくなると、「切り絵」技法を開発した。ガッシュで彩色した色紙をハサミで切り抜き、望む構成で配置するという方法だった。1947年、マティスはこの切り絵イメージを用いて版画集『ジャズ』を出版した。版画集には計20個のイメージが使われたが、その中でも「イカロス」(写真)が最も有名だ。イカロスはギリシャ神話に登場する人物で、優れた職人であり発明家だったダイダロスの息子である。ミノス王がクレタ島の迷宮にダイダロス親子を監禁すると、ダイダロスは脱出するために鳥の羽と蜜蝋を使って翼を作った。脱出する日、父親は息子に懇々と注意した。高すぎると太陽で蜜蝋が溶けてしまうから気をつけろと。イカロスは承知したが、飛んでいるうちに自由を満喫し、どんどん高く舞い上がってしまった。太陽に近づきすぎたため、ついに翼が溶け落ち、墜落して死んでしまう。

マティスは、イカロスが虚空から墜落する場面を強烈かつ簡潔に表現した。胸に抱いた赤い点は、自身の限界を超えたいイカロスの情熱であり、過剰な欲望を暗示している。黒いシルエットだけで表現されたイカロスは、一見墜落しているのか、飛び上がっているのか曖昧に見えるが、画家はイカロスの翼がすべて溶けてしまった後の時点を描写した。黄色の炎は、粉々に砕け散った夢の破片だろう。

イカロス神話は、無謀な挑戦と傲慢の代償がいかに大きいかを教えてくれる。たとえ壊れていても、一部溶けていたとしても、翼さえあればどうにかして再び飛び上がれたはずだ。しかし、マティスは翼をまったく描かなかった。彼は断固として語りかけているようだ。墜落するものには翼はないと。