Go to contents

「絵で母に会いたい」…離散家族56人の「懐かしい顔」

「絵で母に会いたい」…離散家族56人の「懐かしい顔」

Posted July. 27, 2023 08:24,   

Updated July. 27, 2023 08:24

한국어

「長男として母を一度も背負うことができないことが心残りだった....」。こうして絵の中だけでも...母を背負います」

絵の中で76年前に別れた母親の顔に触れるシム・グソプさん(89)の指が震えた。目頭が熱くなった。13歳の少年は白髪になったが、絵の中の母親はしわ一つないきれいな顔だ。「学校に行ってらっしゃい」。北朝鮮に置いてきたシムさんの弟を連れて来るために、母親が再び北朝鮮に行った日に残した最後の言葉だ。シムさんは、「その朝、早起きして制服を着せてくれ、門の前で見送ってくれた母の姿が今でも目に焼き付いている」と話した。

休戦協定締結70年を2日後に控えた25日、京畿道坡州市(キョンギド・パジュシ)の韓半島生態平和総合観光センター。「懐かしい顔」展が17日に開幕した中、離散家族のシムさんは、母親を背負った自分の姿を描いた作品「沈黙の川」の前に立ち、70年以上積もり積もった思いを語った。シムさんの故郷は咸鏡南道咸興(ハムギョンナムド・ハムフン)近くの新上(シンサン)。1947年9月、両親と共に韓国に来たが、母親はシムさんが江陵(カンルン)師範中学校に初登校した日、弟を連れて来るために再び故郷に向かった。

この作品は、誠信(ソンシン)女子大学東洋画科の李晩洙(イ・マンス)教授(62)が2017年にシムさんから話を聞いて3ヵ月かけて描いたもの。イ教授は、「絵一つで離散家族の悲しみを慰めることはできないが、絵を通じて親子が別れることなく一緒にいる瞬間を願った」と話した。

来月20日まで無料で開かれるこの展示は、彫刻、絵画、写真など様々な分野のアーティストがシムさんのような離散家族の話を作品に残す「懐かしい顔プロジェクト」の56件の成果物で構成された。2017年に始まったこのプロジェクトに参加したアーティストと離散家族は、現在まで各56人。パンデミックで2年半以上中断していたプロジェクトが今月再開された。プロジェクトを進行する社団法人「私たちの願い」のハ・ジョング常任理事は、「分断国家のアーティストとしての役割を考え、志を同じくする人たちと力を合わせた」と話した。

咸鏡南道北青郡(プクチョングン)が故郷のキム・ミョンチョルさん(87)は、このプロジェクトを通じて故郷に置いてきた幼少期の思い出を辿った。21日に電話で会ったキムさんは、故郷の家を出た1950年12月7日のことを鮮明に覚えていた。14歳だったキムさんは、サイレンが鳴った後、玄関前で母親と兄に「1週間後に戻る」と言ったが、約束を守ることができなかった。米袋に家族の写真を入れておいたが、50年12月、興南撤退作戦の際、興南埠頭で袋を盗まれた。キムさんは「盗まれたことで未練を残さないために、わざと心の内を話さなかった」とし、「むしろ思い出がないと思った方が気が楽だった」と話した。

キムさんに会った画家のイ・イクテ氏(76)は、故郷で学校に通っていた時、小鼓を習ったと話すキムさんの顔から天真爛漫な笑みを捉え、小鼓を手にしたキムさんの姿を描いた(作品「心の鼓の音」)。キムさんは絵を見て、「故郷の記憶を忘れて生きてきたが、今、この作品一つが私に残った」と話した。

ソウル東大門区(トンデムンク)に住む失郷民のユン・イルヨンさん(87)も22日、このプロジェクトに参加した彫刻家のキム・ソギョン氏に会った。作品は1年後に完成する予定だ。ユンさんの故郷は、京畿道長湍郡長道面梧陰里(キョンギド・チャンダングン・チャンドミョン・オウムリ)。京畿道漣川郡敬順王陵(ヨンチョングン・キョンスンワンルン)の丘の上の展望台に立つと、休戦線の向こうに故郷が見える。ユンさんは、「故郷の裏山のすぐ近くだが、一歩も近づけない」と話した。「私たちの願い」は、離散家族と失郷民約250人の話を作品にし、引き続き展示会を開くと明らかにした。


坡州=イ・ソヨン記者 always99@donga.com