「サッカー神童」だったディエゴ・マラドーナの人生はジェットコースターのようだった。1982年から1994年まで4度のワールドカップ(W杯)でアルゼンチン代表としてグランドを駆けめぐった。1986年のメキシコW杯の時はアルゼンチンの優勝に貢献した。華やかな個人技で人気を集め、最優秀選手(MVP)に選ばれた。しかし、記者団に向かって空気銃を撃って執行猶予を言い渡され、コカイン中毒で一時危篤状態に陥った。代表チームの監督として2010年のW杯南アフリカ共和国大会に出場した時は、人気が最高潮に達した。
◆薬物治療のため、マラドーナはキューバをよく訪れた。多分そこで革命家チェ・ゲバラと運命的な出会いがあったのかも知れない。マラドーナは右腕にゲバラ、左足にフィデル・カストロ前国家評議会議長の顔のタトゥーを入れた。プロボクシング元世界ヘビー級チャンピオンのマイク・タイソンも、左腹にゲバラの顔のタトゥーを入れた。マラドーナとタイソン、グランドとリングの上の悪童は、自分たちの「反抗イメージ」にゲバラが合うと考えたのだろうか。
◆医師だったゲバラは、カストロとともに1959年、キューバ革命を成功に導いた。キューバ革命後、同志カストロが官僚主義に陥るのを見て、自由な魂の所有者であるゲバラは、コンゴとボリビアに行ってゲリラ闘争を続ける。ボリビアのジャングルの中で政府軍の襲撃を受けて39才で死亡した。ゲバラの孫のカネク・サンチェス=ゲバラは生前、カストロ兄弟を独裁者だと非難した。「キューバの今日を決して認めない」と言い放った。作家で演奏家だったカネク・サンチェス=ゲバラは、昨年メキシコで亡くなった。
◆88年ぶりに米大統領を迎えるキューバ国民の歓迎ぶりは熱烈だ。キューバ外務省のある職員は、「ゲバラが生きていたなら、(オバマ大統領を)歓迎しただろう」と話すほどだ。死後49年、顔が有名人のタトゥーになり、Tシャツやカップにプリントされるほど、資本主義商品の寵児に変貌し、世界の多くの若者に愛されているゲバラ。先日、ゲバラの孫娘を詐称した女性モデルが広告にセミヌードで登場した。これ以上何が言えよう。
異鎭(イ・ジン)論説委員 leej@donga.com






