「国民との約束を守れなくなったが、弁解はしない」。95年7月13日、金大中(キム・デジュン)アジア太平洋平和財団理事長は政界復帰を宣言した。92年12月、第14代大統領選挙で金泳三(キム・ヨンサム)候補に約130万票の差で負けた翌日に政界引退を宣言してから2年7ヵ月後のことだ。去る時に、「私は再び国民の信任を得ることに失敗した。もはやすべての評価を歴史に任せ、静かな市民生活に戻る」と言ったので、カムバックの弁はもの足りなかった。
◆政界は揺れ動いた。金泳三政権の大統領府は「正直であることは政治家の生命だ」と批判し、李基澤(イ・ギテク)民主党総裁は、「韓国政治の不幸だ」と反発した。しかし、「実質的オーナー」が戻ってくると、東橋洞(トンギョドン)系議員は「雇われ社長」の李総裁の辞任を求めた。李総裁が拒否すると、金大中氏は新政治国民会議を結成した。第15代大統領選挙の勝利の踏み台となった「金大中党」だ。
◆金大中氏の復帰は、彼に対する政治的需要ゆえ可能だった。金泳三氏の文民政府は、序盤には高級公職者の財産公開、金融実名制の実施など大胆な措置で拍手を受けたが、聖水(ソンス)大橋、三豊(サムプン)百貨店の崩壊といった大惨事が起こり、徐々に改革が弱まって力が抜けた。95年の6・27地方選挙で全国を遊説し、有権者の支持が根強いことを確認した金大中氏は、地方選圧勝を追い風に、「3選4期」でフランス大統領になったミッテラン大統領を思い出した。金大中氏の政界復帰と功罪に対する判断は読者に任される。
◆与党セヌリ党の金武星(キム・ムソン)代表が与党を「慶尚道(キョンサンド)党」と言ったことがあるが、野党新政治民主連合も「全羅道(チョンラド)党」と言えるだろう。金大中氏に由来する新政治民主連合で、最近新党論が起こっている。最大支持基盤の全羅道で、文在寅(ムン・ジェイン)を金大中氏の後継として受け入れない感情と無関係ではない。鄭東泳(チョン・ドンヨン)氏が大統領選候補に出馬して敗北し、最近、千正培(チョン・ジョンベ)議員が動いているが。金大中氏のような人物が再び出てくることは容易でない。全羅道の有権者も全国民に支持される政治家を育てることに関心を持ってはどうか。
韓起興(ハン・ギフン)論説委員 eligius@donga.com
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