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峨嵯山は知っている「愛の馬鹿」

Posted January. 14, 2013 02:59,   

「うちの子は頭は本当にいい。勉強をしないだけだ…」

母親たちの固い信頼の元祖は、ほかならぬ「馬鹿溫達(オンダル)」ではないだろうか。温達は、平岡(ピョンガン)姫から学問や武芸を学んだあと、狩猟大会で彗星のように登場してトップにつき、北周の侵略を食い止め、一躍、高句麗の英雄に浮上した。

国全体の話題となったはずの温達と平岡姫との愛の物語は、ソウル廣津区(クァンジング)周辺の峨嵯山(アチャサン)で幕を閉じる。温達将軍は、新羅に国を奪われた漢江(ハンガン)の北側を取り戻すため、590年(嬰陽王1年)に出征し、峨嵯山城(史跡234号)で戦死した。兵士らが将軍の棺おけを動かそうとしたが、びくともせず、平岡姫が慰めの言葉をかけると、ようやく動いたという言い伝えが伝わっている。

今も、峨嵯山に行けば、温達と平岡姫に会うことができる。地下鉄5号線のクァンナル駅に降りて、登山道に沿って峨嵯山生態公園に登れば、二人の銅像が目に付く。出征を控え、刀を振り上げた決然とした表情の温達将軍を、平岡姫が切ない表情で眺めている。恋人たちが、銅像と同じポーズを取り、愛を誓う名所となっている。彫刻家の金昌姬(キム・チャンヒ)氏の作品であり、02年、ウォーカーヒルホテルが制作し、広津区に寄贈した。

廣津区中谷洞(チュンゴクドン)の八角のあずまや通り(ポン菓子町)には、平岡姫の銅像もある。広津区は10年、雨水底流槽の雨水を活用し、「平岡滝」や池を作り、銅像を立てた。顔のモデルはフィギュア妖精の金姸兒(キム・ヨンア)。馬鹿な夫を将軍にまで育て上げた平岡姫と、やせた環境から立ち直って世界トップの座についた金姸兒とが、なんとなく似通っている。

そのほか、峨嵯山には温達と平岡姫との伝説にまつわる場所が多い。温達将軍が水を飲んだという温達泉、温達将軍のこぶし岩、夫の死を悲しみながら泣いている平岡姫の岩などが、目を引いている。07年、ラクダ峠では、根っこが互いに絡まっている「連理根」という木が見つかり、二人が木で生まれ変わったかも、という言葉も取りざたされた。しかし残念なことに、10年の台風「コンパス」のとき、暴風雨に倒れ、今はその跡だけが残っている。

峨嵯山に登れた、温達と平岡姫のほか、いたるところに高句麗の遺跡に出会うことができる。高句麗軍が、漢城百済を攻撃するために漢江を渡って、風納(プンナブ)土城や夢村(モンチョン)土城の方向に向け進撃した道に沿って歩けば、1500年前にタイムスリップすることもできる。頂上に登って、見晴らしのいい漢江周辺を見下ろせば、なぜ、三国がこの地をめぐって、激しく戦ったのかが分かる。クァンナル駅から出発し、高句麗亭〜日待ち広場〜峨嵯山砦〜峨嵯山城〜峨嵯山生態公園〜クァンナル跡〜漢江自転車公園などを回る7.8キロのコース。3時間40分がかかり、道が険しくなく、簡単にたずねることができる。



redoot@donga.com