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[オピニオン]未明の7人

Posted June. 04, 2012 08:14,   

ちょうど70年前の今日、ドイツ・ナチス戦争犯罪の最高ブレーン、ラインハルト・ハイドリヒが最後を迎えた。突撃隊(SA)と親衛隊(SS)、ゲシュタポ、ナチス恐怖政治の下手人の役割を果たした悪名高い3大機関だ。これらの組織は、ヒットラーにとって障害となるものを取り除くため、手段や方法を選ばない前衛部隊だという点では似ているが、その起源や重要人物においては違いがある。

◆突撃隊は、3組織の中で最も早い1921年に創設された。ナチス党の大衆集会警護組織として創設された後、準軍事組織へと発展した。イタリア・ファシスト党の黒いシャツ団を真似て、茶色のシャツ団とも呼ばれた。1933年、ヒットラーが政権の座についた時、200万人へと膨らんだ突撃隊のトップは、陸軍将校出身で、ヒットラーの革命同志だったエルンスト・レームだった。レームは、私的な場所ではただ一人、ヒットラーとやりあうことのできる存在だった。しかし、レームやその指揮下の首脳部は、突撃隊の正規軍への組み込みを主張し、あっちこっちと衝突した後、1934年6月、ヒットラーからの命令を受けた親衛隊の急襲を受け、処刑される。「長剣の夜」と呼ばれている同事件後、突撃隊は形骸化してしまう。

◆親衛隊は、突撃隊の傘下組織として1925年に立ち上げられた。ヒットラーの警護業務に専従する組織だった。親衛隊は、ナチスドイツの内務長官になるハインリヒ・ヒムラーが掌握し、強力になる。一方、ゲシュタポは、空軍将校出身で、ナチスドイツの2人者となるヘルマン・ゲーリングが1933年に創設させた秘密警察組織だ。突撃隊と親衛隊が党組織なら、ゲシュタポは国家機関だ。ヒムラーやゲーリングは共同の政敵であるレームの除去のために手を取り合い、ゲーリングの率いたゲシュタポは、ヒムラーが率いる親衛隊傘下に入ることになる。

◆親衛隊傘下情報部隊である保安警察(SD)やゲシュタポは、第2次世界大戦勃発直後に統合される。1939年に創設された帝国中央保安局(RSHA)だ。その初代トップは、ヒムラーの右腕でありレーム除去の最大の立役者だったラインハルト・ハイドリヒだ。海軍将校出身のハイドリヒは、突撃隊をつぶし、親衛隊やゲシュタポを両側の翼につけ、ナチスドイツによる戦争犯罪の大半を企てた。ユダヤ人の大量虐殺を決定したヴァンゼー会議を主管し、その執行者、アドルフ・アイヒマンを抜擢した。ヒムラーすら、彼の操り人形に過ぎないという評価を受けた。「未明の7人」(1975年)という映画で広く知られているチェコスロバキアのレジスタンスらが、英雄的な犠牲を通じ、ハイドリヒを除去した。

権宰賢(クォン・ジェヒョン)文化部次長 confetti@donga.com