小説「悪魔の詩」の著者で英国の小説家、サルマン・ルシュディ氏は20年以上を殺害の脅威に苦しめられている。預言者のムハンマドに対する不敬な描写でイスラムを侮辱したという理由で、イランの指導者ホメイニ師は1989年2月、彼に死刑を宣告し300万ドルの懸賞金をかけた。銃器乱射事件が起きた海兵隊の部隊でも、一人の先輩兵士が二等兵に「俺が神様と同級だからキリスト教なんか信じる理由があるか。俺に拝め」として聖書にライタで火をつけた。ここまで来たら、宗教冒涜で信仰冒涜と言える。他人の宗教を尊重することを知らない人は教養人とはは言えない。
◆冒涜が侮辱より広い概念で使われているが、事実上の意味は同じだ。相手に対する「軽蔑の気持ちの表現」を意味する。我々の刑法は第311条で「公然と人を侮辱する者は1年以下の懲役や禁固もしくは200万ウォン以下の罰金に処する」と侮辱罪の処罰を定めている。侮辱の手段には言語、文書、行動が全部含まれる。敬意を示すべき義務がある人間が、故意に公共の場所で敬意を示さないのも侮辱に相当する可能性がある。
◆08年、釜山(プサン)に住む40代の酔っ払いが他人が見る前で警察官に「君の名は何だ。言えないのか。この×××野郎め」と暴言を吐いた容疑で逮捕・起訴された。だが、彼は単なる暴言まで処罰するのは不当だとして憲法裁判所に違憲法律審判請求を申請した。恐らく表現の自由くらいに思っていたのだろう。憲法裁は侮辱罪が憲法上の過剰禁止の原則を反していないとして棄却した。憲法裁は「現代社会で侮辱的行為が簡単に伝わり、それによる被害が深刻で、被害の回復が容易でないことを勘案して、刑事処罰をその制裁手段として選択したのが立法裁量の範囲をはみ出ていると見るのは難しい」と明らかにした。
◆一般人や芸能人向けの悪質な書き込みや特定人に対する個人情報暴きも侮辱に該当する。何気なく投げた一言や行動の一つが相手に大きく傷つけ、甚だしくは命まで奪うことになりかねない。インターネットの発達は、侮辱の被害を取り返しのつかないくらいに拡大させている。★地下鉄での暴言や侮辱行為が動画に撮影され、インターネットやツイッターから無限に広がる世の中だ。情報技術(IT)時代の侮辱行為は被害の回復も難しい。
李進寧(イ・ジンニョン)論説委員 jinnyong@donga.com






