ソウル大学の安秉直(アン・ビョンジク)名誉教授は、60年代から国内左翼運動の理論家として活動したが、80年代半ばに共産主義の虚像に気づいて95年に右派に転向した。一時、「学生運動の大御所」と呼ばれた安教授が、60〜70年代の主要事件に挙げられる第1次人民革命党事件、統一革命党事件、南朝鮮民族解放戦線準備委員会(南民戦)事件について初めて語った。安教授は、今日出版される『韓国民主主義の起源と未来』に、自ら直接・間接的に経験した事件について生々しい肉声を残した。
韓国社会の一部には、人民革命党、統一革命党、南民戦事件を権威主義政府が反共主義を掲げてでっち上げた事件のように主張する勢力がいる。79年に発覚した南民戦事件関係者29人は、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下の06年、民主化運動関係者に認定された。彼らの活動が「維新体制の権威主義的統治に抵抗した行為」であったというのだ。しかし安教授は、これらの事件は政府による容共捏造事件ではなく、実体がある共産革命企画だったと証言した。むろん、捜査過程で時に暴力や拷問があったものの、実体のない事件を捏造したわけではないということだ。
62年にソウル大学大学院生だった安教授は、パルチザン出身で人民革命党に加担した朴ヒョンチェから、マルクス、レーニンなどを読み共産主義教育を受けたことを明らかにした。64年、全貌が明らかになった人民革命党は、「韓国で自発的に生まれた共産革命のための組織」だったと安教授は告白する。68年に発覚した統一革命党については、北朝鮮の指令により結成された革命組織だったと明らかにした。統一革命党の序列2位の金ジルラクは、ソウル大学商大生だった申栄福(シン・ヨンボク)聖公会(ソンゴンフェ)大学客員教授を指導し、申栄福教授もソウル大学商大生だった朴聖俊(パク・ソンジュン)元聖公会大学兼任教授を指導した。南民戦事件の関係者は、北朝鮮と連合戦線を構築しようとして武装ゲリラ活動資金を調達するために強盗行為を行い、銃器も保管した。
民主化記念事業会法第2条は、民主化運動について「大韓民国憲法に保障された国民の基本権を侵害する権威主義的統治に抵抗した活動」と定義している。これらの事件が、安教授の証言どおり大韓民国の体制を転覆し、共産主義国家にするための試みだったのなら、民主化運動とは何の関係もない。先の政権が、玉石を分けず「民主化勲章」を与えたことは、民主化運動の純粋性を傷つけた誤りだった。
正直に告白しないなら、共産革命企画を民主化運動と美化する言説だけでも止めなければならない。安教授の勇気ある証言が出た以上、歴史の真実を隠そうとしてはならない。






