1980年代、米国は貿易赤字や財政赤字という「双子の赤字」で悩んでいた。米政府は、ドルが日本円やドイツのマルクよりも過度に切り上げられたことが問題だと判断した。貿易赤字が増えれば、通貨価値が下がり、輸出競争力が蘇るのが経済学の常識だ。しかし、財政赤字を埋めるための高金利政策により、米国に外国資本が殺到したため、ドル安は進まなかった。日本やドイツは、対米輸出に肯定的な為替の流れをひそかに楽しんだ。
◆耐え切れなかった米政府は1985年9月22日、ニューヨークのプラザホテルで、米国や英国、ドイツ、フランス、日本の主要5ヵ国(G5)財務相会議を急きょ開いた。ジェームズ・ベーカー米財務長官は、ドル高の是正を要求し、「プラザ合意」を引き出した。米国の貿易収支の改善に向け、円やマルクなどの主要通貨の切り上げを誘導し、各国は外国為替市場への協力介入も辞さないという内容だった。東西冷戦時代、自由陣営のリーダーだった米国の圧倒的なパワーが影響を及ぼした。これから25年前の出来事である。
◆1ドル=260円台だった対ドル円相場は、プラザ合意の影響を受け、1987年末は1ドル=122円台へと急落した。日本は、海外進出やコスト削減によって急激な円高を克服したが、後日、バブル経済や「失われた10年」のような後遺症に苦しんだ。1995年4月は1ドル=80円を初めて割り込み、1ドル=79.75円まで下落した。今回は主要7ヵ国(G7)が、円安の誘導に合意し、逆プラザ合意と呼ばれている。プラザ合意による円高は、1980年代後半の韓国の「3安による好況」、逆プラザ合意による円安は1997年の韓国の通貨危機と無縁ではない。
◆日本政府や中央銀行は15日、対ドル円相場が15年4ヵ月ぶりの最安値である1ドル=82円台へと急落すると、6年半ぶりに、為替市場への介入に乗り出し、円を売ってドルを買い付けた。菅直人日本首相は、「過度な為替相場の変動をこれ以上放置するわけにはいかないと判断した」と語った。しかし、輸出拡大に向け、自国通貨の安を願う米国や欧州、中国などの主要国は、円高の阻止に協力する意思はまだないような気がする。かつて、プラザ合意や逆プラザ合意のような国際社会の協力が実現するかも疑わしい。東京発為替戦争の動きは我が経済への影響が大きいだけに、成り行きを見守り、すばやく対処する必要がある。
権純活(クォン・スンファル)論説委員 shkwon@donga.com






