15日、慶尚北道昌原市聖住洞(キョンサンナムド・チャンウォンシ・ソンジュドン)のGM大宇(テウ)自動車・昌原工場第1団地の輸出車の野積場。「マティス・クリエイティブ」数百台が並んで立ち止っている。ラジエータ・グリルが蜂の巣の形をしており、韓国で販売されるモデルとは微妙に異なる。車の前面のガラス窓にはブレーメンやアントワープ、ジュネーブ、コペンハーゲンなど、欧州都市の名前と共に、「韓国製」という文字の書かれた紙が貼られていた。
●18年目にして累積生産量は300万台
「あちらの内需車両の野積場にある車より、色が一段とカラフルでしょう?」
「欧州では韓国よりカラフルなモデルがより多く販売される」というGM大宇車の金ヨンス次長の説明だ。GM大宇車は、マティス・クリエイティブを先月から欧州市場に向け、輸出を開始した。現地のディーラーらの好評が続き、会社内の雰囲気も大変盛り上がっている。欧州では月1万台余りが販売されるものと予想される。同日も、担当職員らは野積場に止まっている車を、運搬車両に(キャリア)に持ち込む作業を行っていた。熟練した技で車を運転し、キャリアに入れてから出てくるのにかかる時間はわずか18秒。各キャリアは車8台を乗せ、直ちに馬山(マンサン)港に向かった。
同日、昌原工場の組立ラインは休むことなく、忙しい様子だった。昼夜2交代の上、残業の特別勤務までしても生産が追いつかず、今月は週末も2日間のみ休んだという。金ヨンホン職長(1990年入社)は、「ほかのところは仕事がなく厳しいといわれている中、このように注文が殺到しており、うれしい限りです」と話した。
昌原工場は21日付で、単一工場の生産量として300万台を突破した。1991年、韓国初の軽自動車「ティコ」の生産開始から18年目のことである。会社側は、「年間生産能力21万台の工場が、18年余りで累積生産量が300万台を突破した」とし、「1998年以降ほぼ毎年、工場をフル稼働してきたという意味だ」と説明した。国内自動車市場においては比重の高くない軽自動車を、専門的に作る工場であることを考慮すれば、意義深い数字だというのが、GM大宇車側の説明だ。
●独自開発の「マティス」の輸出で活路
同社の職員らの誇りは非常に高かった。グローバル経済危機が猛威を振るった今年上半期はもとより、1998年の通貨危機の際も、工場ラインは止まったことがないという。従業員らは一時、「昌原工場がほかの工場を食べさせている」という言葉まで出たと、耳打ちした。
昌原工場の成功の秘訣は、「独自の開発」や「輸出」にある。ある工場関係者は、「1990年代初頭や中ごろは、仕事がなく、ただ遊んでばかりしているわけにもいかず、周辺の川の草取り作業をやったことも多かった」と振り返った。鈴木の軽自動車「アルト」モデルを持ち込んで、ティコを作った時代だった。「鈴木が進出した国にはティコを輸出しない」という取り決めのため、東欧を除き、製品の輸出できる市場はなかったという。
「このままではだめだ。輸出市場を開拓しなければ未来はない」という考え方で、社運をかけて開発した車種が、1998年に発売した第1世代「マティス」だった。軽自動車の本場、欧州に向け、マティスを輸出した時は、会社内でも「果たして成功できるだろうか」という懸念の声があったという。
しかし、結果は大成功であり、後続モデルのマティス・クリエイティブは欧州を皮切りに、世界150ヵ国余りに輸出する計画だ。ジェネラル・モーターズ(GM)を親企業としているが、マティス・クリエイティブは、GM大宇車が主導して開発した。GM大宇車のファン・ウソン昌原事業本部長は、「14年までに輸出の需要がぎっしり詰まっている」とし、「現在、生産能力を増やす作業を行っている」と話した。
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