「あいつはどうしてあんなことをするの」。02年12月、鄭東泳(チョン・ドンヨン)最高委員が金大中(キム・デジュン、DJ)大統領の前で「権魯甲(クォン・ノガブ)の後方への退陣論」を主張するや、権顧問は戸惑いを隠せなかった。DJに代わって、民主党を切り盛りしていた権顧問は、鄭最高委員を非常に大事に扱っていた。「ポストDJ」を任せる若い世代の一人だと思っていたためだ。「ポストDJ」の第1順位が李仁済(イ・インジェ)最高委員だとすると、鄭最高委員はその次のポストぐらいに思われた。物心両面での支援も惜しまなかったため、権顧問のショックは大きかった。
◆「スターキャスター」から政治家へと変身し、1996年の第15代総選挙の際、全国最多得票まで記録した鄭東泳は、「権魯甲の後方への退陣論」で再びスターとなった。2000年に再選に成功し、同年8月の最高委員選挙で、韓和甲(ハン・ファガプ)、李仁済、金重権(キム・ジュングォン)、朴相千(パク・サンチョン)候補に続き、5位という予想外の成績を収めた直後だった。しかし、この時から同氏には、「信義のない人」というレッテルが貼られた。そのせいか、同氏はある文で、「権顧問に対する人間的な申し訳なさは長らく自分の心に残ってるだろう」と書いた。
◆大統合民主新党の大統領選挙の候補と選出された鄭候補は、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領に対しても、「人間的には大変悪いと思う」と語った。ヨルリン・ウリ党の議長を2回も務めた人が、「結果的に」党の解体に音頭を取ったわけだから、その言葉も当然だろう。しかし、鄭候補個人にとっては、政治的には民主党の整風運動の時とは比較にならないほどの賭けだった。盧大統領との決別を宣言し、反盧に回らなかったら、果たして今回の予備選挙で勝利できただろうか。
◆意図してのことかどうかは分からないが、政治家としての鄭東泳のスターぶりは、権魯甲と盧武鉉の「墓石」の上に立てられたも同然だ。人気が上がるやマネージャーを摩り替えるスターを連想させる。その鄭候補が、いまや再び国民の政府、盧武鉉政府の「嫡子」を自任している。同氏の「20対80の敵味方」の大統領選挙の戦略を見れば、「第2の盧武鉉」ではないか疑わしいほどだ。スターの変身はそれでも無罪なのか。
金昌爀(キム・チャンヒョク)論説委員 chang@donga.com






