先日、ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)大統領候補は、任期中、300の特性化高校の設立や3段階の大学入試自主化などを盛り込んだ教育公約を発表した。特性化高校の拡大政策のスピードは適切なのか、分野ごとに需要や供給の不均衡を生む余地はないのか、自立型私立高校や特性化高校の拡大を受けて、相対的に後れを取ることになる公立高校を支援する補完対策はあるのかなど、考慮しなければならないことが山積みだ。しかし、標準化の枠組みを保ちながら教育の自主性や多様性を確保することは、マクロ的な視点では正しい方向だ。
このような李候補の公約について、ハン・マンジュン全国教職員労働組合(全教組)政策室長は、「最上位の既得権階層に有利な方向に教育体系を変えることになる」と主張した。また、大統合民主新党の李美卿(イ・ミギョン)最高委員は、「自立型私立高校をソウルにだけ20校以上作れば、社会の二極化をさらにあおり、富裕層の子供たちだけよい教育を受けるようになる」と主張した。しかし、社会的な弱者の喪失感を刺激し、「敵味方を区分する」ことで、全教組の既得権や政治的利益を享受する腹づもりでなければ、いかなる教育が人的競争力を高めることができるかについての考慮を先にすべきだ。
李候補は政府からの干渉を受けず、自立型私立高校(自私高)を100ぐらい増やすと発表した。官学の公立とは異なって、私立は建学理念に基づいて自主的に運営したほうがいい。自主経営能力を備えた私学から、標準化の呪縛を解除することで、下方標準化の現実を改善する方向に進むべきだ。
全教組では、学費が高いことを理由に自私高を貴族学校だと攻撃するが、政府の予算支援なしで、父兄たちが自費で教育をさせる自私高は批判の対象にはなりえない。そこから浮いた政府の予算で、公立高校の教育環境を拡充し、奨学金を増やせば、富の自然な分配効果も生じる。農村や疎外階層地域に150ヶ所の寄宿型公立高校を設立するという李候補の公約も、「教育を通じた貧乏の受け継ぎ」を止めようとするもので、全教組も反対する理由はない。
大学入試を大学の自主に任せるといって、それを本試験の復活だと決め付けてもいけない。大学がそれぞれさまざまな評価方法を開発し、学生を選抜するのが真なる自主であり、人材の競争力を高める道だ。先進国のうち韓国のように、政府が大学入試を牛耳る国は一つもない。このような統制の下では、世界の一流大学と競争する大学は出にくい。
大きな流れには逆らえない国際化時代であり、グローバル化時代だ。米国やカナダ、中国、シンガポール、マレーシアの国際学校に留学中の韓国人小中高生が3万人近くに達する。経済水準が我々よりも落ちる国に留学に行く教育遊牧民の行列が続くのは、全教組コードの平等教育政策のためだ。公教育の質が下がるほど、余裕階層の教育の海外への脱出は増えるだろう。優秀な高校やいい大学を抑制する教育政策は、輸出で稼いだドルが留学費用で流れ出す結果に輪をかけるだけだ。
秀越性の教育をうけ、国際競争力を備えた人材たちが多く輩出されてこそ、より豊かな国づくりができる。国が知識情報化社会を導く人材育成に失敗すれば、社会の弱者たちはさらに厳しくなる。知識情報化社会では、教育が国家の核心競争力を左右することになる。ここに官僚主義や画一的な平等主義が割り込み、大学すら下方標準化する政策は、かえって社会的不平等を拡大するのは目に見えている。






