1、2回の首脳会談で南北関係の画期的な変化を望むのは欲張りだ。さらに、実質任期が3ヵ月も残っていない大統領に、あまりにも大きな期待をかけることはできない。にもかかわらず、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領と金正日(キム・ジョンイル)総書記が4日に平壌で署名した「10・4共同宣言」の内容は、失望的で心配になる。見かけは多くの合意をしたように見えるが、本当に意味ある合意なのか疑わしい。それだけなく、「抜けて省略され、ごまかされた」部分が多いためだ。
国民は、任期最後まで韓半島に平和を定着させようとする盧大統領の意志を評価する。南北首脳は、条件させ整えば、会う機会を増やすのが望ましい。しかし、今回の共同宣言の虚実を冷徹に見定めることが重要だ。その成果も負担もほとんどが、韓国国民に降りかかるためだ。
共同宣言では、北朝鮮核問題が十分に言及されなかった。国民の切実な願望と、米国や日本などの当事国の注文に背を向けたとしか見ることができない。政府当局者は、両首脳が共同宣言4項で、「核問題解決に向けた6者協議、05年9月の共同声明、07年2月の合意が順調に履行されるよう共同で努力する」と明記したことで、核問題が取り上げられたと説明した。核問題は、6者協議で論議中であり、この程度で十分だというのだが、ごまかしである。
10・3北京合意でも明きらかになったように、北朝鮮は、既存の核兵器と核物質を年内の申告対象から除外することで、核放棄の意思の誠実性を疑わせた。このような状況なら、少なくとも92年の「韓半島非核化共同宣言」を再確認すべきだった。今後、韓米協力などの国際協力の過程で、韓国の立場は苦しくなった。宣言文に「北朝鮮核」という用語も書けず、「韓半島核問題」としたのだから苦しい。
西海北方限界線(NLL)も譲歩したという感をぬぐえない。共同宣言3項は、「西海での偶発的な衝突を阻止するために、共同漁労水域を指定し、同地域を平和水域にする案を国防相会談で協議する」となっている。「協議する」と言うが、譲歩を前提にした協議という印象が濃い。さらに、5項に明記された民間船舶の海州(ヘジュ)直航路の通過は、北朝鮮船舶がNLLを横切って航海することを許可するため、NLLの無力化である。
NLLを「偶発的衝突」のレベルだけで見ては困る。首都圏の安保と直結する問題だ。「共同漁労水域」も、言葉のように南北が仲良く漁労作業をすればいいが、些細な争いが起れば、一瞬にして軍事的衝突に拡大する恐れが高い。1976年の板門店共同警備区域(JSA)内で起きた「ポプラ事件」がいい例だ。北朝鮮軍と米軍が「共同」で勤務したが、ポプラの枝打ちで衝突し、米軍兵士が北朝鮮軍の斧で殺害されたことで、米航母まで出動した。南北間に「共同」はまだ危険な概念だ。
北朝鮮支援と経済協力も、あまりにも一方的だ。宣言文に明記された経済協力事業の90%以上が、韓国側で費用を支払わなければならないものだ。海州と周辺海域を包括するという「西海平和協力特別地帯」の設置、経済特区の建設、安辺(アンビョン)と南浦(ナンポ)の朝鮮協力団地の建設、開城(ケソン)〜新義州(シニジュ)鉄道と開城〜平壌道路の改善補修など、一様に韓国の金と装備が大々的に投入されなければならない事業だ。
これを「民族経済の均衡的発展と共同繁栄のため」と言って共同宣言第5項で合理化したが、その金は結局は韓国国民の税金から出る。すでに、金大中(キム・デジュン)、盧武鉉政権の10年間の北朝鮮支援の額は、数兆ウォンに達する。4日に政府が出した開城〜新義州間の鉄道改善補修と開城〜平壌間の高速道路再舗装の費用だけも、7300億ウォンと推算される。「またいくらを与えなければならないのか」と言って、呆然とする国民の心情も考えなければならない。
もっと苦々しいのは北朝鮮の受け入れ態度だ。感謝する様子は見えず、むしろ韓国側を振り回したような印象さえ与える。京義線(キョンウィソン、汶山〜鳳東)の鉄道貨物の輸送許可が代表的な例だ。この鉄道は開通が約束されていたが、北朝鮮軍部の反対で延期されていた。今更、許可するのはおかしなことだが、なぜ貨物は可能で、人間はだめなのか。理由は明白だ。人は「開放の風」をもたらすため許されず、開城工団に必要な貨物だけ送れということだ。
韓国側企業に投資と基盤施設の拡充、資源開発を求めながらも、その前提になるべき通行・通信・通関の3通については、10年前も今も同様「早期に完備する」という言葉で避けている。真の開放・改革への拒否である。このような状況では、盧大統領が強調した「経済支援—平和支援の善循環」構造が根づくことはできない。北朝鮮に対する経済支援と協力方式に根本的な変化がなければならない。
譲歩と支援にもかかわらず、韓国が得たものは特にない。「休戦体制を平和体制に変えるために、3者または4者の首脳の終戦宣言を推進する」という4項は、実現の可能性がほとんどない。米国は、前提条件として核の完全廃棄を要求している。休戦協定(1953年)当事国だが、韓半島問題への中国の戦略的利益が、米国の利益と同じだという保障もない。このような合意を明文化したこと自体が、北朝鮮側の機嫌をとる性格が濃い。
共同宣言の履行のために、南北首相級会談を来月ソウルで開くことも然りだ。従来の長官級会談でも十分に論議できる事案を首相級会談で扱うことに決めたのは、韓国側の便宜を考えたようだ。何かものすごい合意でもしたかのように「首相級会談」を出すこともおかしなことだが、大統領選挙ムードが高まる来月に、「選挙用」に活用しろという北朝鮮の配慮のように見える。大統領選挙用なら、金総書記のソウル答礼訪問がもっと効果的だが、これは「首脳が随時会って懸案問題を協議する」ことでごまかした。
窮極的に韓国は、実践と信頼の問題を指摘しなければならない。南北関係が本当に本軌道に乗るには、実践と信頼が善循環しなければならない。実践されない合意は、不信の溝を深めるだけだ。この半世紀の間、韓国は数えきれないほどそのような経験をした。00年の首脳会談の時も、6・15共同宣言をめぐって金大中政権は「もう戦争は終わった」と歓呼したが、02年の西海交戦が起き、北朝鮮は1年前に核実験までした。
盧大統領の平壌滞在3日間、金総書記は「格別な指導者」であることを何度も知らしめた。日程を勝手に変え、滞留を1日延ばすよう要求する失礼まで躊躇しなかった。盧大統領は、北朝鮮体制宣伝の「アリラン」を観覧し、起立拍手までした。金総書記の長寿を祈り、乾杯を提案したりもした。両首脳のこのような姿からも、南北が進むべき道はまだ遠いことを実感した。






