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[社説]盧武鉉、鄭東泳、金槿泰式の同業清算劇は醜い

[社説]盧武鉉、鄭東泳、金槿泰式の同業清算劇は醜い

Posted May. 05, 2007 08:08,   

盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が、政治に介入する「論評」を繰り返えし、鄭東泳(チョン・ドンヨン)、金槿泰(キム・グンテ)氏が、そのような大統領に「政治から手を引け」と反撃したため、大統領側は両者に与党ヨルリン・ウリ党を去るよう反論した。12月の大統領選が迫れば、また同業を再開するかも知れないが、ひとまずこれまでの同業は清算過程に入った様相だ。その姿がどちらも美しく見えない。過去に共に行った政治に対し、共に責任を負って逆境を突破するという同志的な姿は見受けられない。

鄭東泳氏は一昨日、党内選挙不参加の方針を明らかにし、「国民の意思は、ウリ党を死守することではなく、与党陣営の統合だ」と述べた。金槿泰氏も、「民主的討論を通じて得た党解体の結論を実現することは、民主主義の原理だ」と肩を持った。大統領の「党死守論」に対する反ばくだが我田引水にすぎない。

両者は、現政権から権力を享受するだけ享受した。03年11月、民主党から飛び出してウリ党を創党した主役たちで、鄭氏は2度、金氏は1度、党議長を務めた。04年7月から05年末までの1年半の間、鄭氏は統一部長官として外交・安保・国防分野の「責任長官」を務め、金氏は保健福祉部長官として社会・文化分野を総括した。どこから見ても現政権の「責任大株主」である。そんな人々が、ウリ党の看板では得るものがなくなると「責任から逃避」しようとするのが、まさに党解体論である。「離党—新装開業—政権再創出企図」という劇をしようという本音が見えているのに、そこに「国民の意思」を引き込むとは、これこそ国民冒涜である。

大統領側にも問題がある。政党政治、責任政治という観点から見て、「ウリ党の看板で大統領選で勝負するのが正道」という話は間違っていない。しかし、大統領は鄭氏と金氏に対し、「党をこの状態にしても、統合の歌を歌って両天秤にかけている」と非難する前に、徹底した自省からすべきである。ウリ党が「この状態」になったのも、大統領自身の失政が特に大きいためだ。

大統領府が、鄭氏、金氏に対し、「小店を任せることもできない人々」と暴言を吐いたのも、自分の顔につばを吐くようなものだ。これまでそのような人々と同業してきたのは誰か。これら3人が同業清算劇をして、足蹴りをし合う姿に、韓国政治の後進性が暗示されている。これまで彼らが口に出した政治改革、政治発展は一体どこに蒸発したのか。