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[オピニオン]仁川上陸作戦56周年

Posted September. 15, 2006 03:01,   

1950年9月15日午前6時、仁川月尾島(インチョン・ウォルミド)の沖合。日が明ける頃、天地を揺るがす砲声と共に火柱が空へ聳え立った。米海兵1師団、陸軍7師団と国軍海兵4大隊の兵力は、艦砲射撃2時間で仁川を取り戻した。「クロマイト(Chromite)作戦」、つまり仁川上陸作戦は、世界戦史に最高の上陸作戦として記録された。約10日後、中央庁に太極旗(テグクキ=韓国の国旗)が掲揚され、ソウルが修復されて、北朝鮮軍の兵站路が途切れてから、韓国戦争は逆転した。

◆上陸作戦の指揮艦には70歳の老兵ダグラスA・マッカーサー元首が立っていた。国連軍司令官の資格だった。彼は、鴨緑江(アブロクカン)まで上がって、満洲も爆撃しようと主張して、トルーマン大統領と対立した。結局、翌年4月に解任されてしまった。米上下院合同会議で行った告別の演説は、いまでも感動的だ。韓国語の翻訳文が何と1万字に上る。「老兵は死なない。ただ、消えるだけだ」。彼は、ウェストポイントの士官生徒時代に歌った軍歌のリフレーンを引用して、52年間の軍生活を終えた。

◆仁川自由公園に立っているマッカーサー将軍の銅像は、今日も月尾島の沖合を見守っている。上陸作戦56周年を控えた13日、我々の海兵参戦勇士5人がここを訪れて、マッカーサー銅像と「自由守護の塔」に挙手の礼を上げた。白髪が目立つ70代の老兵の目つきは美しい20代のままだった。記念日の15日には、在郷軍人会の招請で韓国へ来た米海兵参戦勇士約200人がここを訪れる。

◆マッカーサーの上陸作戦がなかったら、統一されたはずだと主張する反米団体、数回も銅像撤去の騒ぎを起こした団体の正体は何なのか。いかにもどかしさを感じて、ヘンリ・ハイド米下院国際関係委員長が「撤去するなら、米国へ送れ」と言っただろうか。彼は先月、車椅子に乗ってマッカーサー銅像を直接訪れた。「新しい友達が銀なら、昔の友達は金だ。マッカーサー将軍の業績は純金だ」という彼の言葉に恥ずかしさを感じる。マッカーサーのおかげで共産化を阻んで、繁栄を成し遂げたのに、立つ顔がない。

陸貞洙(ユク・ジョンス)論説委員 sooya@donga.com