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[オピニオン]「5不弔問」

Posted June. 05, 2006 03:16,   

昔から、「考終命」といって、自分の寿命をまっとうして、楽に死ぬことを五福の一つに数えた。考終命の条件は、自宅で子どもや孫たちに看取られて死ぬことである。韓国の先祖たちが客死をどれほど大きな不幸と考えたかが推測できる。しかし最近は、多くが病院で臨終をむかえる。自宅で死んでも遺体を病院に移して葬儀をするのが一般的だ。葬儀手続きの便宜のためだろう。

◆近い人をあの世に送ることほど悲しいことはない。孔子は、「死ねば礼をもって、葬儀を執り行なわなければならない。喪礼の根本は形式ではなく、悲しむ心だ」と言った。喪礼は、故人を追悼する礼という教えである。しかしこれは、本の中の話に過ぎない。政丞の家の犬が死ねば、門前成市だが、実際に政丞が死ねば、弔問客がいないという諺がむしろ現実的だ。人間関係とその效用価値を強調した韓国的諷刺は、今も有效である。

◆通夜は、「1石5鳥」という笑い話がある。外泊ができ、花札遊びの場所とメンバーが自動的に解決し、酒や食べ物も心配する必要がないということだ。それだけではない。後で喪主から、「一晩中、殯所を守ってくれてありがとう」という言葉まで聞くことになる。喪家ほどの場所は他にはないだろう。そのため、力のある人の殯所には、いつも形だけの弔問客が並ぶ。

◆ソウル新村(シンチョン)セブランス病院の葬儀場には、どこにでもある5つがない。酒、タバコ、花札、徹夜の弔問、食べ物だ。キリスト教式の葬儀文化を根づかせるために、1996年から「5不弔問」原則を守ってきた。しかし同病院も、騒々しい「韓国式葬儀場」に変わるという。新しい建物を建て、運営方針の変更を検討しているというのだ。理由は簡単だ。厳格な統制で、「客」が減ったためだという。葬儀場も市場原理の例外ではないようだ。しかし後味がすっきりしない。

宋大根(ソン・デグン)論説委員 dksong@donga.com