米ワシントン近郊の小学校に息子を通わせていた韓国人の現地駐在員が、担任教師の緊急の呼び出しを受けた。
「停学です。学校への持ち込み禁止品を持ってきました」
「そんなはずが…。何を持ってきたというのですか」
つめ切りだった。子どもが休み時間につめを切ると言って、かばんに入れたつめ切りには、つめを整えるために先が尖っていた。それで停学とは!
◆米国の学校は、些細な規則違反でも大目に見ることはない。「ゼロ・トレランス(zero tolerance)」政策を実施している。96年、クリントン大統領(当時)は「人生の成功と失敗は、学生時代に学校にいるか道に迷うかにかかっている」と言い、無断欠席を厳しく指導させた。父兄は、禁止行動や禁止品目が書かれた校則をよく読んでサインしなければならない。ニューヨーク市では、教師に対する不敬も許されない。少しひどすぎるという指摘に、マイケル・ブルンバーグ市長は「被害者を考えてみろ」と一蹴した。
◆日本政府が、義務教育過程である小学校と中学校に米国式ゼロ・トレランスを取り入れることを明らかにした。98年以降、毎年3万件も発生する学生暴力の根を絶つためだ。最近は、高校生が校内で麻薬を売る事件が起こり、教師に暴力を振るう「学級崩壊」も絶えない。英国では、99年にブレア首相が、米シカゴで最悪だったという学校を訪問した後、「問題学生の永久追放政策」を強化した。シカゴにゼロ・トレランス制度を導入してから、校内暴力が半分に減り学業成績も上がったというのだ。
◆ゼロ・トレランスは、些細な逸脱行為の放置が、さらに大きな犯罪を生むという「壊れた窓(broken window)理論」に根拠を置く。同制度が効力を発揮するには、事前に規則を明らかにし、処罰の過程が公正で、処罰された学生のための「更生学校」がなければならない。それよりさらに重要なのは、学校が学校らしく、教師が教師らしくなければならないということだ。権威を失った公教育が教権だけを強調するのも、非教育的である。韓国の場合だ。
金順徳(キム・スンドク)論説委員 yuri@donga.com






