夕焼けが空を染める春の日の夕方、1.5坪あまりのコンテナのドアを開けて入ると、まだ残る冬の寒気が感じられた。
ソウル城北区三仙洞(ソンブクク、サムソンドン)の三仙小学校の裏手の路地に置かれたコンテナ。暖房設備は、電気カーペット一つがすべてだった。トイレもない。コンテナに住む老夫婦は、隣の一人暮らしの老人の家のトイレを利用する。台所は、コンテナと入口の階段の間。水は隣の家で汲んでくる。
コンテナに暮す老人は、第6、7、9、10代の国会議員で、新民党副総裁、平民党副総裁、統合民主党最高委員まで務めた朴永禄(パク・ヨンロク)元議員だ。
朴氏は、現役議員時代、軍事政権に最も妥協しない野党議員の一人に数えられた。辞職後は、民族社会団体総連合会をつくって活動した。しかし、事務所の賃貸料すら払えない状況で、支援を約束した社会団体も一つ二つと次第に離れていった。結局、滞っていた賃貸料を払えなかった朴元議員は、03年3月、40年間暮らした三仙洞の35坪の自宅を競売処分され、残った200万ウォンで、コンテナを買ったという。
「野党でも政権と適切に妥協し、自分のふところを温める者が多かったが、私はそのような人々に不満だった。しかし、ある日振り返ってみると、そのような人が政権も握る。世の中は変化しているのに、私はそのままだった」。
泣き面に蜂で04年9月、事業に失敗した次男が、「両親をしっかり扶養できず、苦労だけかけて申し訳ない」と自ら命を絶った。1980年代初め、当時、朴議員とともに新軍部に連行された長男は、江原道原州市(カンウォンド・ウォンジュシ)で事業をしていたが、借金だけを負った。
朴元議員の「貧寒」は、かなりひどいケースに属するが、彼に劣らず暮らしが貧しい元議員は少なくない。なぜか。望ましい元議員たちの姿・文化とは、どのようなものか。
このような疑問を解消するために、東亜(トンア)日報と東義(トンウィ)大学選挙政治研究所(所長・全勇柱教授)は、3、4月の2ヵ月間にわたって、元議員の経済・社会的生活実態を調査した。800〜900人と推算される生存する元議員のうち、海外滞在や住所不明、回答拒否などを除く317人を対象に、電話あるいは直接に会って調査を実施した。
国内の学界やメディアを合わせて、元議員の生活全般を実体調査するのは、今回が初めてだ。調査の結果、元議員たちの生活ぶりは、中間層が薄く、上下の偏りが激しかった。
調査対象の64.4%(204人)は、月収が300万ウォン以下だった。彼らの平均月収は101万ウォン。満60歳を過ぎると、月100万ウォンが受け取れる年金まで含んだものだ。年金需給対象に該当せず、月収100万ウォン以下の元議員も、32.2%(102人)にもなった。
一方、月収300万ウォン以上は34.7%(110人)で、彼らの1ヵ月の平均月収は497万ウォンと算出された。調査対象者全体の平均月収は225万ウォンだった。0.9%(3人)は、月収額の公表を拒否した。
財産は、5億ウォン未満の人が53.0%(168人)で、彼らの平均財産は1億9000万ウォン。5億ウォン以上の財産保有者は40.2%(138人)で、彼らの平均財産は11億8000万ウォンと算出された。調査対象全体の平均財産は、6億1000万ウォンだった。
元議員10人のうち6人(60.3%)は、過去、国会議員の経歴が個人の社会・経済活動に役に立っていると述べた。彼らのうち約80%は、役に立った期間が10年が過ぎたと話した。
元議員の場合にも「前官礼遇」はあるが、現役の時に与党か野党か、どの常任委にいたかによって差が大きいことがわかった。与党出身の者が野党出身者より、常任委の中では建設交通委出身が相対的に前官礼遇を多く受けていることが調査により明らかになった。
調査対象の元議員の66.6%は、現在の国会の役割が、自分の在任の時よりもよくないと評価した。
延世(ヨンセ)大学の牟鍾璘(モ・ジョンリン)教授は、「各分野で専門性を積んだ後、国家に最後に奉仕しようと国会議員になった人に比べ、若い時から政治に『オールイン』した人々の場合、専門性の不足で引退後の生活程度が相対的に低く、議政活動の経験も効果的に生かすことができないことがわかった」と述べた。
swpark@donga.com






