映画「王の男」がヒットしてから、韓国文化に対する関心がさらに高まったという。全国の代表的なフェスティバルが一堂に会した釜山(プサン)「大韓民国、フェスティバル博覧会」には「綺麗な男」李ジュンギも参加して、熱狂的に歓迎された。男寺党(旅芸人)ノリペのクォン・イン名人の綱渡り公演も歓呼をもたらした。方言に関する本「全羅道(チョルラド)我がなまり」が新たに出版され、40年の宿願事業だった韓国古典翻訳院の設立も推進されている。ついでに国楽を楽しむ人まで増えれば、さらに嬉しいことだ。
◆ところで案外、雑音も聞かれる。先月、重要無形文化財23号「伽椰琴散調及び竝唱」保有者指定に権力が介入したという疑惑だ。孫鳳淑(ソン・ボンスク)野党民主党議員は、「理論専攻の文ジェスク梨花(イファ)女子大学教授が保有者になったのは、与党ヨルリン・ウリ党の文喜相(ムン・ヒサン)議員の実妹であるためではないか」と疑問を提起した。伽椰琴散調及び竝唱部門では、文教授とともにもう一人の保有者が生まれたが、一つの分野で二人が共に認められた前例もないという。「国楽界では文教授が参加型政府任期内に必ず無形文化財になるだろうという予測が公然と広がっていた」と、孫議員は伝えた。
◆「王の男」の李ジュンイク監督の前作「黄山伐(ファンサンボル)」で階伯(ゲベック)将軍が数え切れないほど言い続けたように、誠に「コシギ」なことであると言わざるをえない。「コシギ」とは、不明瞭な事案をめぐってもお互いに以心伝心でわかる万能の韓国語だ。権力の力と参加型政府の実情をある程度知っている人は、孫議員の暴露だけ聞いても、即座に事案が「コシギ」だと判断する。今年初め、辛基南(シン・ギナム)ウリ党前議長の姉の辛ソンヒ氏が国立劇場長に就任した時も「政治権力が文化芸術人を並ばせるのか」という批判が厳しかった。
◆多様な著書とアルバムを出して公演活動を行ってきた文教授としては悔しい思いをするかも知れない。文化財庁も「認定の手続き上まったく問題がない」と釈明資料を出した。それでも信用せず「コシギ」に思う人が多い理由は、参加型政府の業だといえよう。表だっては格別に道徳性を強調しながらも、実際はそうでないという事実をあまりにも多くの国民が知ってしまった。
金順徳(キム・スンドク)論説委員 yuri@donga.com






