
妻パティと私は、ニューヨークのマンションで、平凡な生活を送っていた。もし、あなたが、その当時の私たちに会ったなら、恐らく、私たちは幸せだが、忙しくてそれについては話せないと言っただろう。
そうしたある日、電車を待っていたパティが、プラットホームから落ちた。列車3両が体の上を通過し、彼女は腰の下がマヒする重傷を負った。病院でパティは言った。「なぜなの?」私は混乱し、気が狂ったように怒った。これからどうしようか?どうやって切り抜けられるのか?
その時、障害者の友人がこのような話を聞かせてくれた。
ある夫婦が、休暇でイタリア旅行をすることにした。しかし、飛行機から降りたら、彼らはオランダに着いていた。灰色ののっぺりとした風景。人々は、オシャレでなく、食べ物もそうだった。四方には、いちめん高い堤防だけ。
しかし、不思議な事が起った。オランダが好きになり出したのだ。すべてが遅く、ソフトだった。人々には、内面の冷静さが感じられた。彼らは、レンブラントやオランダ料理、古いコーヒー・ショップ、そして、コペンハーゲンのチューリップのような新しい世界を見た。期待したのとは違ったが、これもすばらしかった。
オランダが、パティと君が落ちた所だ!障害者の世界だ!君が願ったことではないが、そして君が生きてきたように、スピーディで楽しくはないが、その暮らしは深く、濃い。君は、その人生を生きる術を学ぶようになり、それを愛するようになるはずだ…。
この本は、著者が耐えがたい絶望と喪失感を乗り越える過程を、淡々と描いている。彼は、絵を描き、心の平和を探して世の中に目を開く。
「まず、身近にあるものから描き始めた。ノートにこぼれ落ちた日ざし、冷蔵庫に付けておいた子供の絵、食卓の下に転がるほこりの塊…。私は、それらの祝福を感じたかった。」
著者が描く絵には、以前に描いた絵とは異なる特別な何かがあった。その違いは、描く方法にあるのではなく、眺める方法にあった。彼は、自分が描く対象を撫でるように、いとおしそうに眺めた。「すべてのものは特別な存在で、互いに異なり、おもしろく、美しかった」。
著者は問う。私たちに最も苦しいことは、自分の心が作り出す虚しい考えではないだろうか?モンテニューが言ったように、私たちの人生は酷い不幸でいっぱいだが、その不幸の大半は、実際には起きないのではないか。
「私たちは、人生が私たちにどのように対してくれるかを決めることはできない。私たちは、それにどのように対するのかを、決められるだけだ。だから、人生の充満さを精一杯に吸いこんでほしい。それは、のどかな初春の日に窓を開けるようなものだ…」
原題『Everyday Matters』(2003年)
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