「私はパレスチナと結婚した」と語っていたヤセル・アラファトパレスチナ自治政府議長だった。生涯を武装独立闘争に努めた同氏が、1990年、還暦を過ぎた年齢に、34歳も下の若い女性と秘密裏に結婚式を挙げた。フリーランサー記者として訪ねてきた彼女に一目ぼれした状態だった。
幸福は長く続かなかった。「ガザ地区は衛生状況が悪く、病院に行けない」とし、フランスへ渡って娘を産んだ後は、10年連続し豪華なホテルに滞在していたからだ。アラファト議長は、妻に毎月10万ドル(約1000万円)を送った。
◇そんなスーハ・アラファト議長夫人については、うわさが絶えなかった。側近らを近寄れないようにし、秘密資金のことを公表してからこの世を去るようにと、アラファト議長に強要したはずだとの見方も出ている。
フランス検察当局が、巨額のマネーロンダリングを行なった疑いで取り調べているくらい、スーハ氏は「アラファト腐敗」の一要因に選ばれてきた。パレスチナ民族主義の象徴、またはテロリストとされるアラファト議長も、愛には弱かったもようだ。
◇「アラファト議長は幼いころ、大将の遊びをする際、命令に逆らうアラブの子どもを殴ったりした」と同議長の姉が回想する。優れたリーダーシップの持ち主だと自慢したが、実際、アラファト議長の「権力の源泉」は金だっただろう、というのがイスラエル側の見方だ。
アラブ諸国はもちろん米国から受け取った援助金とパレスチナの税金、不法に運用し作った資金など、知らされたものだけでも2億ドル(米紙フォーブスの推定)から60億ドル(米国とイスラエル情報筋)の間だ。アラファト議長は、その金で強大な秘密警察を維持し、側近の忠誠を買っていたとのこと。
◇独立運動のためには、金が必要とされるのが事実だ。過ちのため偉業が卑下されてもならない。だが「アラファト議長がパレスチナの人々のために使った金は一銭もない」というのが、2年前に、米CBSテレビの番組「60分」に出演した会計士の証言だ。兵士のように狭い寝床で眠っていたという同氏が、何故、スペイン・イタリア・フランスなどにホテルとリゾートを所有していたのだろうか。
オスロ和平協約以降、イスラエルから税金を返してもらってから、自分の名義でテルアビブの銀行に預けておいた後、幸せを感じただろうか。アラファト議長は「ラジオパレスチナ」とのインタビューで「戦争は夢で、平和は悪夢だ」と話したことがある。パレスチナの悲劇は、同氏の悲しみであると同時に黄金だったわけだ。「絶対権力」は絶対的に腐敗すると言われている。
金順徳(キム・ドクスン)論説委員yuri@donga.com






