10月革命で帝政ロシアを崩壊させたボルシェビキのリーダー、レーニンは、ソビエト政権を立てた後、真っ先に首都から移した。帝政ロシアの首都で、旧勢力の根が深いペテルブルクを捨てて、モスクワに遷都したのだ。旧首都に残っている「反革命勢力」の力を折ろうという下心からだった。ペテルブルクは自分の名を付けてレニングラード(レーニンの都市)に改称した。
◇権力強化のために首都を移したロシアの指導者はレーニンが初めてではなかった。元々、ロシアの首都はモスクワだったが、18世紀初め、ピョートル大帝は新都市を作って首都を移した。これには自分の改革政策に抵抗するモスクワを中心とした保守勢力を押さえようという意図が隠れていたそうだ。新都市建設に全人口の3分の1が動員され、モスクワを離れることを嫌がる住民は強制移住させた。「ピョートルの都市」という意味のペテルブルクは、このようにして誕生した。結局、ロシアの首都は、統治者の政治的目的によって、モスクワとペテルブルクを行き交ったのだ。
◇その間、ブラジミール・プーチン大統領が故郷であるペテルブルクに再び首都を移すかも知れないという話が出たのも、このような歴史的背景のためだった。先週、首都機能を地方に分散させる方案を盛り込んだ法案がロシア下院に上程された。モスクワ集中現象を防ぎ、地域間均衡発展のために、一部国家機関を地方に移転しようという内容だ。いよいよ首都移転が本格化されるのではないかと思われたが、表決で賛成票を投げた議員はたった1人だけで、法案は簡単に否決された。大半の議員たちは、行政運営問題と天文学的な移転費用を理由に反対した。
◇強大なプーチン政権だが、首都の位相に係わる問題であるだけに、慎重に慎重を期さなければなかったのだ。統治者の「一言」によって首都が行ったり来たりした過去の経験のためだ。反面、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府は首都移転を急いでいる。盧大統領が発表した首都移転の弁が、「旧勢力の根から発ち、新しい勢力が国家を支配するための土台をつくるため」なら、レーニンとピョートル大帝の遷都理由と全く同じではないか。もし、ロシア歴史のように、韓国の首都も、ソウルと新たに建設しようとする行政都市の間を行き交う運命になるのではないか心配でならない。
モスクワ=金キヒョン特派員 kimkihy@donga.com






