
開幕して2ヵ月も経たないうちに、プロ野球史上1シーズン最多である3回退場となったLGの投手、ソ・スンファ。「不世出のグラウンドの悪童」と呼ばれても仕方がない。韓国野球委員会(KBO)は3日、彼に制裁金200万ウォンと3試合出場停止の加重処罰を課した。
しかし、LG選手団の評価は正反対だ。ソ・スンファが制球力が弱い中で、インコースを好んで投げることからそうなったわけで、普段の行動はむしろおとなしい方だという。2日、斗山(トゥサン)の一塁走者ユン・ジェグクの足を引っ掛けて転倒させたのも故意ではなかったという主張だ。
ソ・スンファは入団3年目の今年、初めて白星(通算10敗)をあげた無名。それに対して、歴代の名高い悪童たちはみんな有名なスターだった。ソ・スンファ騒動に関連し、国内外のグラウンドの悪童たちを集めてみた。
▲国内〓ロッテの外国人選手、ホセが断然トップ。彼は1999年、大邱(テグ)で行われた三星(サムスン)とのプレーオフの途中、汚物を投げ込んだスタンドに向けてバットを投げ飛ばした。ホセはまた、01年、三星のペ・ヨンス投手の鼻の骨を折り、02年には韓米で二重契約を行い、物議を醸した。
文化的な違いによるものか。海外選手の迎え入れが始まった1998年以来、特に外国人選手の退場が多い。02年、LGのマンジャニオは交代のために出たヤン・サンムン投手コーチ(現ロッテ監督)に抗議してボールを渡さなかった。昨年、現代(ヒョンデ)のフランクリンは、判定に不満を抱き、グラウンドを走り回った。
司令塔の中では、三星の金應竜(キム・ウンニョン)監督と金星根(キム・ソングン)前LG監督が常連。金應竜監督はヘテ時代の1996年、現代との韓国シリーズで判定に不満を感じ、ダッグアウトのベンチをぶっ壊した。古株の審判員ならみんな、彼にベルト辺りを一度ぐらいはつかまれているはずだ。
金星根前監督は、審判員が疲れるまで追い詰めることで有名だった。サンバンウル時代の1998年、現代との水原(スウォン)試合では、マウンドの高さを問題にして31分ももめた。
▲海外〓01年、三星に所属した経歴のあるガルベス投手は、日本の読売にいた1998年、退場命令を受けるや、マウンドを降りていきなり主審に向かってボールを投げた。彼は韓国でも殺人的なインコース勝負により、登板するたびにビーンボール騒ぎを起こした張本人。
米国では、球速160kmの剛速球を投げる有望投手だったが、早期引退を余儀なくされたジョン・ロッカーが代表的な悪童。彼はアトランタ時代の1999年、スポーツ・イラストレーテッド誌とのインタビューで、人種差別的な発言をして世間を騒がせた。
朴贊浩(パク・チャンホ)のテキサス・チーム同僚だったカール・エバレット(モントリオール)は、審判はもちろん監督にも反抗した常習犯。昨年6月には、空振りをしてバットをはなし、4歳児と14歳の少女にけがをさせたこともある。
大リーグ史上初の1億ドル契約(およそ1200億ウォン、7年間)を突破したヤンキースのケビン・ブラウンは、ジェントルな外見とは裏腹に、ロッカールームに女性記者が入れば、お尻を見せて下着を着替えたりして困らせる癖がある。
金炳賢(キム・ビョンヒョン、ボストン)も昨年、中指を立てた事件に続き、記者暴行事件や独りよがりな性格による同僚との断絶で「悪童」の仲間に入っている。朴贊浩(テキサス)もロサンジェルス・ドジャースにいた01年、アナハイムの打者、ティム・ベルチャーともみ合いになり、横蹴りをくらわせたこともある。
一方、野球の他の種目では、判定への不満があるたびにラケットを折ったテニスのジョン・マッケンロー、カメラマンを蹴って審判に頭突きをしたバスケットボールのデニス・ロドマン、観衆に暴力をふるったサッカーのエリック・カントナ、試合がうまくいかないとパターを池に投げ込んで宿所に帰ってしまったゴルフのジョン・ダリー、「ダイナマイト・パンチ」から「ダイナマイトかみつき」に転向したボクシングのマイク・タイソンが代表的な悪童だ。
張桓壽 zangpabo@donga.com






