「あなたたちを相手に闘う者に対して、神の名で闘いなさい。しかし侵略してはいけない。神は侵略者を愛しはしない」。イスラム教の聖典『コーラン』の一節だ。イスラム教と言えば、まず過激な原理主義の集団を思い浮かべるが、イスラム教は元々寛容と和合の宗教である。イスラム教が創始されて100年という短い期間に、中東や北アフリカから、中央アジア、東南アジア、インド、中国を含めスペインなどの一部ヨーロッパ地域に至るまで伝播した背景には、多様な思想と文化を包容する融和力と和解の精神があった。「イスラム」という言葉そのものが、平和、安定、服従を意味するという。
◆そのようなイスラム教を信じるアラブ世界が、イラク人捕虜に対する米軍の虐待行為のため、沸き立っている。一昨日、ブッシュ米大統領がアラブ圏の放送に出演して遺憾を表明したが、簡単には鎮まりそうもない。ただでさえ米国は、国際社会からキューバ内のグアンタナモ米軍基地の捕虜人権侵害の疑惑を受けている。グアンタナモ基地は、米軍が2002年からアフガニスタンの政治犯約600人を収監している所だ。しかし、非人間的な捕虜虐待シーンが満天下にさらされた今回の事態の波紋は、「グアンタナモの例」とは比べることができないほど大きい。
◆米軍の捕虜虐待は、一部米軍の分別のない行動だと弁解する。しかし、裸になった収監者を重ね合わせては笑いながら写真を撮った女性兵士は、ウェストバージニア州の平和な農村で成長した優等生だった。軍事裁判に付されたある副士官は、バージニア州の刑務所で教官を務めた予備役だという。彼らはみな、イラクへ行く前は平凡な米国市民だったのだろう。今回のことは、多数の米国人の心の中に「米国優越主義」が危ない形で育っていることを示す兆候とも言えるだろう。
◆米国人が、米国以外の世界と文化を軽視する態度を持つようになったのであれば、不幸なことだ。テロ掃討という米国の大義名分はますます色あせし、世界各地でそのような米国との葛藤が絶えないだろう。米国がそのような結果を望まないなら、今回の事態に対して世界が納得できる措置を取らなければならない。
宋文弘(ソン・ムンホン)論説委員songmh@donga.com






