デビュー初期に都市的感受性をもつ作品をたくさん書いた作家の崔仁浩(チェ・インホ)氏は、韓国の小説家には二つの文化があると語った。黃順元(ファン・スンウォン)、李浩哲(イ・ホチョル)氏のような避乱民文化と慶尚道(キョンサンド)、全羅道(チョルラド)、忠清道(チュンチョンド)から来た下宿生文化があるというのだ。父親の故郷が平壌(ビョンヤン)である崔氏は避乱民の後裔(こうえい)だが、彼が若い時に書いた小説は「星らの故郷」のように「ソウル的」だった。彼は下宿生文化の例として全南長興(チョンナム・チャンフン)出身で光州(クァンジュ)一高とソウル大学を出た李鋻俊(イ・チォンジュン)氏を挙げた。
◆下宿生文化は地方出身のソウル定着記または生存記と言える。地方出身でソウルの大学を出てソウルに定着した人々がソウルでの暮らしを始めるところは大学がある町だ。ソウル大学近くの新林洞(シンリンドン)、延世(ヨンセ)大学、西江(ソガン)大学、梨花(イファ)女子大学、弘益(ホンイク)大学がある新村(シンチョン)一帯、高麗(コリョ)大学前の安岩洞(アンアムドン)や祭基洞(ジェギドン)には昔も今も地方から来た学生に部屋を貸したり、下宿して暮らす世帯が多い。今はソウルの大学村にワンルームマンションがあふれているとはいえ、過去には煉炭をたく古い一戸建てが下宿屋の典型的な姿だった。
◆大学村のソウル留学生には毎月1回ずつ実家からお金が送られる。授業料は休みが終わって開学する日に持って上京するが、下宿費、本代、小遣いは毎月送金される。下宿生の間でそれを「郷土奨学金」と呼んだ。「故郷の親が牛や豚、お米を売って送ってくれるお金」という意味だ。暮し向きが悪い時期だったので、「郷土奨学金」が常にぎりぎりで足りないお金はアルバイトで補うしかなかった。
◆ソウルの大学を牛骨塔と呼んだことがある。田舎で牛を売って送られたお金で立てた大学の建物という意味だ。牛骨塔が否定的な意味を持つのに比べて、「郷土奨学金」は故郷と親、ソウル留学の思い出が染み付いている造語だ。盧武鉉大統領の側近、安熙正(アン・ヒジョン)被告が裁判の際、企業人から受け取った4億ウォンを「郷土奨学金」ぐらいに思ったと言った。安被告は忠南論山(チュンナム・ノンサン)で中学校を卒業し、ソウルで大学に通った。386世代にまで「郷土奨学金」という言葉が受け継がれてきているようだ。しかし、彼の受け取ったお金を「郷土奨学金」と言えるだろうか。お金と権力の癒着が噴き出す悪臭がする。「郷土奨学金」の切ない思い出に傷をつけた言葉だ。
黄鎬澤(ファン・ホテク)論説委員 hthwang@donga.com






