盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が科学技術部長官に呉明(オ・ミョン)亜洲(アジュ)大学総長を任命するなど、3省庁の長官を入れ替えた。入れ替えの幅は大きくはないが、新任長官らがそれなりに当該分野で専門性と能力を検証された人物であることから、盧大統領のいわゆる「コード人事」が変わってきているという分析が出ている。鄭燦竜(チョン・チャンヨン)大統領人事首席秘書官は、「仕事ができる政府を作り、国政の效率的な運営をはかるための内閣改造だ」と説明した。望ましい方向だ。
閣僚人選の最優先基準は仕事がうまくできるかどうかに置かれるべきである。専門性と業務能力、道徳性は基本で、経験から湧き出る知恵と包容力で省庁内外の様々な葛藤と危機まで解消して乗り越えられる人物を選ばなければならない。残念ながら盧大統領の人事はそうでなかった。ただコードだけが重要な基準であるように見えた。
コード意識の裏面には、世の中を改革と反改革勢力に両分する極端な認識が敷かれている。もちろんどの政権であれ、それなりの哲学と目標を持たなければならず、それに同意する人物が国政の中心になるのは当然だ。しかし、盧大統領はその幅を余りにも狭く取った。改革が進歩勢力の専有物のように感じられる雰囲気では、合理的な保守までも、この政権に参加する考えを断念するしかなかった。その弊害がどうだったかはこれまでの10ヵ月間の国政乱脈がよく示している。
盧大統領は今度の内閣改造をきっかけにコードの呪術から抜け出し、開かれた心で人材を求めなければならない。来年の総選挙に前後して、また数回の部分的な内閣改造が行われるという。どの場合であれ、仕事のできる人が閣僚にならなければならない。総選挙立候補者を抜き出すための内閣改造、落選者を配慮する内閣改造になってはならない。
閣僚の競争力は大統領の競争力に直結する。閣僚がアマチュアであれば、大統領が良い評価を得られるわけがない。蕩平策(タンピョンチェク、朝鮮王朝時代の英祖が公平な人材登用のために実施した政策)を今日に生かす心情で良い人才を公平に求めなければならない。それこそ国民統合のリーダーシップを示す近道である。






