
映画「ポリウルの夏」に天真爛漫な修道女として出演していたシン・エ(21・写真)が今度は「純潔の伝道師」になって帰ってきた。「ボス上陸作戦」を演出した金・ソンドク監督のセックスコメディ「銀の懐刀」でシン・エは烈女門を授けられた家父長的な家柄で生まれ、純潔に対する「詰め込み式の教育」を受けて育った女子大生・ミンソとして出演した。この「烈女」に許してもらうため大学生(オ・ジホ)が東奔西走する。
16日会ったシン・エは「結婚する前まではミンソのように決して性関係を持たないつもりだ」と述べた。
—なぜ「修道女」や「烈女」にキャンスティングされたと思うか。
「CMでのイメージのためのようだ。清純で、やや神秘的なイメージ」
—映画のミンソとどんなところが似ているのか。
「セックス、愛、結婚この三つを同一視するということ。また、もっぱら一人の男一筋だということ。」
—猫をかぶったキョンジュ(ミンソの同僚女子大生)は言う。「わたしは愛する人とはセックスしたくない。わたしはセックスのテックニックがうまい男の人と愛したいの」と
「それは『わたしはお金持ちと結婚したい』という言葉と同様だ。セックスを愛と同一視するのではなく、セックスをひとつの条件としてみているから気に入らない。」
—ミンソとスキンシップするため、あらゆる手段を選ばない彼氏ジュハクをどのように考えるか。
「率直な男だ。女性にお酒を飲ませて『一度やってみようか』と思う男の人がどれほど多いか。この手の男性に比べればずっといいと思う。」
—ミンソは純潔を守るため悩む。今ごろの若者たちにそのようなメッセージが響くだろうか。
「男の人が腕に触るだけで鳥肌が立つ先輩を知っている。先輩も小さいときから父親から純潔教育を植え付けられたそうだ。今の大学生たちにも純潔は関心事に違いない。ところで、その先輩の父親は『どうしていい年をして嫁に行かないのかい』とせきたてている。」
この映画で笑いを誘うポイントは二つ。第1は「生理不順のときには男を呼ぶのが最高だ」という「トイレユーモア」、第2はきれいで、色っぽい女優たちが汚い言葉を吐くところからくる「きれいな女性のイメージ変身」
と純潔論者、猫かぶり、フリーセックス主義者、インポテンツ患者などで、登場人物をはっきり区別して性に対する大学生の「生き生きとした」悩みとユーモアを彼らの目線で反映できなかったのが欠点。
お父さんに人生を踏みにじまれたミンソのお母さんが烈女門を取り壊しながら「女性解放」を叫ぶ結末は、型にはまったキャラクターたちが作り出すしかない宿命的な結末だ。24日公開。18歳以上観覧。
sjda@donga.com






