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[社説]「共産党容認」が儀礼的発言?

Posted June. 11, 2003 22:06,   

盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が訪日の際、「韓国でも共産党の活動が容認される時、はじめて完全な民主主義になり得ると思う」と述べたのは、これまでの失言や卑語の使用とは次元の違う、深刻な問題を抱えている。イデオロギーと基本権、法体系の問題が混在している国家保安法改廃の議論とも性格を異にしている。憲法の根本理念および基本秩序に関わるものであるからだ。

憲法が複数の政党制度を採択し、政党活動の自由を保障している以上、共産党という名称を持つ政党の設立が不可能なわけではない。ところが、綱領や政策が私有財産権と市場経済を否定し、階級闘争を標榜するなど、自由民主的な基本秩序に反する政党の設立まで容認されるということではない。それがつまり、憲法に別途項目として、違憲政党解散制度という防衛的装置を設けている理由でもある。

大統領府では「西欧や日本のように、合法的な枠組みの中で活動する共産党について触れたもので、儀礼的な話に過ぎない」と釈明したものの、これは韓国の特殊な現実を無視したまま、波紋を弥縫しようとしているようにみえる。西欧や日本は、イデオロギーによる分断や同族が殺し合うなどの辛い経験がないうえ、憲法の中に統一を目指すという条項もない。反面、わが国の憲法には、自由民主的基本秩序に則った平和統一を推進すると明記されている。

これは、北朝鮮の共産党との対峙状況を前提にしたもので、北朝鮮の共産党は決して、西欧や日本の共産党と同じ線上に並べて考えることはできない。さらに、南北交流協力と共産党の実態を認めることとは、全く別の事案である。それでも、いかにして大統領が共産党の許容について言及できるというのか、疑問である。韓国戦争の傷痕をいまだに引きずっている国民の多くは、これをどう受け止めるのか気になるところだ。

憲法守護の義務を担う大統領が、解釈によっては憲法侵害の議論に発展しかねる発言をしたということだけでも危険といえる。儀礼的な話として取り繕えるには、その限界から大きく外れている。盧大統領は、これ以上国論が分裂するのを防ぐためにも、自ら発言の真偽を明かし、過ちがあれば国民の了解を求めるべきであろう。