遺体…そしてまた遺体。
15日、バグダッドに向かう道は死んだ者たちの行列だった。
これが戦争だ。「人間の尊厳性」、人間は尊厳だという概念そのものが地に落ちて、野犬にかみちぎられるのだ。碌な軍服さえ着ることができなかったまま倒れ、ころがっている無名のイラク兵士たち。死んだか、あるいはまるで救援を待っているかのように目を開いたまま死んだ兵士もいる。何のために命をかけたのかを彼らは分かっているのだろうか。誰が彼らに無名勇士の墓でも立ててあげるのだろうか。
ミサイルと爆弾に被弾し、潰れた電車とトラックの残骸の中に野犬たちが慌ただしい。遊んでいた子どもたちも遺体を見て無表情な顔だ。戦場の子どもたちの顔からは年齢が分かりにくい。
取材陣はこの日夜明け、クウェート国境を通じてイラク南部を経て北上した。クウェートを午前4時半に出発して夜9時、バグダッド中心を流れるティグリス川(東岸)のシェロトンホテルに着いた。600kmを走り抜くのに16時間半がかかった。
イラクの国境都市サプワンからバグダッドに至るこの北上路は、イラクの正規軍と最精鋭共和国防衛隊が、米軍と戦った戦線だ。戦闘は終わったが、戦争の惨禍はそのまま残っているこの道に沿って、早くから聖地巡礼が始まった。
イラク南部のアルサマワが故郷であるウサム・ザワト氏(26)。北側のバグダッドに果てしなくつながっている片道2車路のほこりが立ち込める高速道路をとぼとぼ歩く。家を出てから2日間。シーア派イスラム教徒の聖地であるカルバラが彼の行く先だ。これからも7日間を歩かなければならない。
彼が生まれる前から政権を握っていたスンニ派のサダム・フセイン大統領の、シーア派への弾圧によって、ザワト氏は一度もシーア派最高の聖人であるアル・フセインの墓地を訪れることができなかった。米軍の進撃で、イラク南部がフセイン政権の統制から完全に開放されてから、初めて迎える聖人の誕生日。ザワトは300kmが超える苦行の道に喜んで出た。
アル・サマワからバグダッドまでにつながっている長い高速道路には、ザワト氏のようにカルバラ巡礼に出たシーア派ムスリムたちの行列が後を絶たない。まるでこの世とあの世の間を横切る「第3の道」のような感じだった。






