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開戦後初めての停電にも首都に避難の様子はなく

開戦後初めての停電にも首都に避難の様子はなく

Posted April. 04, 2003 22:20,   

3日午後9時(現地時間)、バグダッド全域が急に漆黒のような暗闇に包まれた。開戦後初めて停電になったのだ。

2週間続いた爆撃の中でも人でごった返し、「日常の生命力」を証明した街は、数分で人気がなくなった。暗闇の中、市役所の周辺では一連の大きな爆発音が聞こえた。空港がある南方から聞こえる野砲の音は、戦場が目と鼻の先にまで迫ったことを実感させる。

しばらくして、自家発電機を持っている富裕層の居住地域や一部のホテルに電気が入り、あちこちで光の島が生まれた。夜が深まり、AK47小銃を持った軍服姿の男が巡察を始めた。市民は予告なしに訪れた停電を、近づく激変の予告と感じた表情だった。

3日の昼までは、バグダッドの市民たちは外見では平穏を維持し、避難する様子を見せなかった。非常統制もなく、食堂や市場は店を開けていた。

米英連合軍の爆撃は、官公庁のある西部地域から徐々に都心に移り、2日朝のラッシュアワーが終わる頃、貿易博覧会場に数発のミサイルが落ち、サッカー競技場規模の廃墟ができた。

大統領宮殿と官公庁のある西部地域で、バース党所属の武装民兵隊が一日中砂袋を積んでいた。南方の郊外に通じる道路両側の農場地帯には、軍人が木の下に塹壕を掘って隠れている姿が見えた。

兵力の移動もとくに目につかなかった。トラックと軽機甲車両は、高架道路の下にそのまま放置されている。かなりの数の市民が、家の大きなバケツに水をいっぱいに満たしていた。富裕層は数カ月間持ちこたえられる量の小麦粉や米、とうもろこし、燃料、油を備蓄している。

上下水道の供給は、正常に行なわれている。浄水場や下水処理場、病院などは、すべて自家発電機を持っている。市民は91年の湾岸戦争の時、数週間にわたって電気や上下水道もなく耐えなければならなかった経験を、今回は繰り返したくないと願っている。当時は下水が逆流し、街は汚物のにおいがした。

市民たちは、米軍がバグダッド直前にまで進撃している現実を信じようとしない雰囲気だ。ある市民は、「我々は彼らを恐ろしいと思わない」と言った。ブリーフィングをするイラク高官の自信ある態度にも変わりはなかった。

ある主婦は、「戦闘が起これば、民間人は被害を受けないように家の中にいるように訴える米英軍の注意を聞いた。しかし(イラク)テレビでは、バスラで英軍が家にいた女性と子供を殺したと言っていた。バグダッドでもそんなことが起こらないか心配だ」と話した。



李基洪 sechepa@donga.com