Go to contents

[社説]大邱の痛みを分かち合おう

Posted March. 17, 2003 22:48,   

大邱(テグ)はまだ喪中の雰囲気に包まれている。2月18日の大邱地下鉄火災事件が発生してから1カ月。とんでもない人災によって尊い命を失った犠牲者家族に癒せない深い傷を残した。

大邱の苦痛と試練をきっかけに、安全地下鉄、安全共和国に生まれ変わらなければならないという、1カ月前の私たちの誓いがもう薄れていくようで、残念でならない。

事故が発生してから1カ月が過ぎたが、遺体の確認など事故処理は遅々として進まない。事故1日で水掃除まで終わらせた現場毀損をめぐって、大邱市と地下鉄公社は今まで責任を擦りつけている。全国民の怒りをかった事故隠ぺい疑惑に対しても、今だに捜査中という。

最も重要な地下鉄の安全問題に関してはあまり変わっていない。行方不明者の家族が安全措置が取られるまで地下鉄の運行の中断を求めて電車に立てこもるという行動にまで及んだ。このままではいけない。198人の尊い死を無駄にしないためには、二度とこうした大型事故が発生しないように特別安全対策を立てなければならない。形式的な安全点検や書類上の安全措置より、地下鉄の安全が実質的かつ画期的に変わらなければならない。愛する家族の犠牲がそういう変化と改善をもたらしてこそ、遺族の悲しみを少しでも慰めることができるだろう。

しかし、いまだに大邱市と政府の動きは鈍い。災難管理庁(仮称)という官庁を作るだけで、すぐ市民たちの不安が解消されるわけではない。現職の長官が「大邱地下鉄惨事の主犯は、誰も責任を負わない事なかれ主義に潜んでいる官僚主義だった」と批判するほどだ。大邱で行政当局と政治権に対する不信が高まっているのも、このためだ。

もう一度、大邱の痛みを分かち合うために力を合わせる時だ。国民が大邱市民を助けるために一つになったが、政府が自らの役割を十分果たしたかは疑問だ。大邱が「安全不感症の大韓民国」の犠牲者から世界第一の安全都市に生まれ変わるようにするのが、現政権に与えられた課題だ。