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[オピニオン]駐韓米大使

Posted December. 09, 2002 22:48,   

駐韓米大使の座は、米国人の間でも要職に数えられる。ブッシュ政権発足後も、有名なシンクタンクの責任者を含め、多くの米国人がし烈な競争を繰り広げた。仕事への意欲や政治的野心を持つ者が、駐韓大使を希望するという。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)問題などの難問を扱うため、能力をうまく発揮すれば、160人あまりの米大使の中でも、断然注目を浴びるからである。一方、選挙資金を出したことで大使の座を得た経済人は、業務が過重でなく、文化的にも同質性を感じるヨーロッパを好む。

▲米大使と韓国政府の関係は、韓米関係の縮小版と言っても言い過ぎではない。初代大使であるジョン・ムーチョをはじめ、第5代大使のウォルター・メカナギーも、4・19革命(学生を中心とする反政府デモ)直後、李承晩(イ・スンマン)大統領に2度会い、下野を促すほど、影響力が絶大であった。90年代初めにも「必要ならいつでも韓国大統領に会える」と豪語する大使がいた。米大使が求めれば、いつでも大統領が面談を受け入れるという意味である。地位が特別であるため、米大使は現職を去った後も、韓国人の脳裏にいつまでも残る。ジェームズ・リリー、ドナルド・グレッグ、スティーブン・ボズウィス。

▲先週死去したウィリアム・グレイスティン元大使は、在任当時、駐韓米軍撤退論争、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺、12・12軍部クーデター、光州(クァンジュ)民主化運動など、韓国現代史の激動期を見守った。彼の回顧録「深い介入、制限された影響力」には、韓国権力層と米大使の「内密の交流」が含まれている。彼が12・12の2日後である79年12月14日に、全斗換(チョン・ドゥファン)当時保安司令官と大使公邸で2時間にわたって「柔らかい中にも緊張が漂う」会談をする場面などは、米大使の役割をありありと証言している。彼は「誤って伝えられたり、新軍部指導者らが非難を米国に転嫁するために故意的にわい曲した複雑な事態の真相を明らかにしようと、回顧録を書いた」と言ったが、韓国の読者は、米国の影響力を読み取らずにはおられない。

▲第17代のトーマス・ハバード大使に至り、駐韓米大使の地位が変わったようだ。女子中学生の死に対して、ブッシュ大統領の間接謝罪まで伝えたが、韓国人の憤りをなだめることには失敗した。韓国警察が厳重に警備しているが、大使館周辺で連日デモが続いているため、大使としては気楽ではないだろう。確かに90年代の反米デモがひどい時は、眠っていた米大使が、学生たちの公邸侵入に驚いてベッドの下に隠れたこともあった。今回の事態を契機に、政府と米大使との関係がより肯定的に変化することを期待する。

方炯南(バン・ヒョンナム)論説委員 hnbhang@donga.com