国会の対政府質問が国民にそっぽを向けられるようになったのは今始まったことではない。国家的な関心事項を問いただして点検するという本来の趣旨はすっかり色あせ、無差別な政治攻勢だけが飛び交うためだ。議員は免責特権に取りすがって、無責任な暴露と人身攻撃的な発言を辞さない。国政監査や常任委員会(常任委)で取り上げられた話を二番煎じすることも珍しくない。この過程で、暴言とやゆ、口にすることすら恥ずかしい悪口が行き来し、結局国会を破局に追い込む。長官も「検討する」という常套的な答弁を繰り返すばかりである。
▲対政府質問の廃止論が絶えず提起されるのは、こうした姿がまったく改められる気配がないからだ。しかし、大統領と政府に権力が集中しているわが国の状況下で、権力を監視・牽制する装置として対政府質問は依然必要だという主張も根強い。常任委よりは対政府質問に取り上げるのが適している事案も少なくない。国家の総合的なビジョンを提示したり、国論の集結が求められる事案もこれに当たるだろう。ただ、現在のように国会が政争の場に転落しないように、運営のありかたを大幅に見直さなければならないという点には誰もが共感している。
▲朴𨛗用(パク・グァンヨン)国会議長が就任してまもなく発表した国会改革作業の一環として、対政府質問の方式を見直す作業に乗り出し、実現のいかんが注目されている。朴議長は、分野別に10人前後の議員が15分ずつ一括して質問し、政府側が一括答弁する現在の方式を改め、議員1人当たり20分程度の時間を与えて、長官と一問一答する方式を導入することを主張している。議長はこの方式を各党の院内総務に提起している。英国、日本など、議院内閣制の国会で取り入れられている同方式は、国会を力動的で生産的な国政の場に変えるだろう。また国政懸案についての踏み込んだ議論が行われるのが確かだ。
▲一問一答をまともに行うには、議員らは懸命に勉強しなければならない。答弁が足りない場合、補足の質問をしなければならないため、問い正したい事案について明確な知識を持っていないと、すぐ底がつくはずだ。補佐陣が書き上げた原稿を棒読みしつつ、怒鳴るだけの現在の方式はもう通用しない。なまなましい民心を質問に盛り込むために、国民を対象に世論調査を行うなど、直接現場に足を伸ばす議員も多くなるだろう。うまくいけば、国会議員の水準を大幅に高めることもできる。長官も実力がなければ、耐え切れなくなる。一問一答で一石二鳥の効果が挙げられるのだ。今度の改善作業が今までそうだったように、言葉のみが先行し、又もやうやむやになることがないよう期待する。






