16世紀初頭、ロシアを訪れたオーストリアの貴族、ボンヘルベルシュタインは駅制を称える言葉を残した。モスクワからなんと640kmも離れたノヴゴロドまで72時間で旅行できたとし、その早いスピードに感嘆した。1日平均213kmも走ったことになる。駅制とは、所々の駅で馬に乗り換えられるようにした制度。駅基地は証明書を持っている公務員に宿泊先と新しい馬を提供する。駅制は本来、騎馬民族であるモンゴルが広い地域を結ぶネットワークとして発展させたものだが、これをロシア人が取り入れた。わが国も朝鮮時代末期の1884年、郵政総局が設置される以前までの通信手段は駅制だった。
◆郵便事業が始められて100年以上過ぎた今は、電子メールという新しい通信手段が登場した。1日でもチェックしないと、電子メールは数十本も入ってくる。目も向けたくない嫌な迷惑メールだけが一杯入っている場合は、嫌気が差す。郵便箱にも何かが一杯入れられているが、かつてもらっていた人情あふれる手紙は見つからない。代わりに嬉しくないものばかりうずたかく積まれている。クレジットカード会社の使用代金請求書から各種の通知書、デパートや通信販売会社の広報用冊子に至るまで、多い場合は十数件にのぼる。
◆電子メールのお陰で手紙を書くことはほとんどなくなってしまったが、郵便配達人は前にも増して忙しくなった。各種のクレジットカードと携帯電話の請求書に加え、広報物が爆発的に増えたためだ。97年1年間に45億通だった郵便物は、昨年64億通と40%以上急増した。今年に入って先月まで、過労や交通事故で死亡した郵便配達人は19人と、昨年死亡した18人より多いという。どれほど事態が深刻であれば、郵便の判が押されている小包の配達を、民間の宅配会社に任せようというアイデアが出されるのだろうか。
◆郵便物が増えているにもかかわらず配達人を補充しないのは、郵便局の役割が縮小されるとみられるためだ。しかし、こうした予想は見事に的外れだ。郵便物や小包がかえって増加傾向だとは、現代社会は再び遊牧時代に似ていくのだろうか。駅制の現代版といえる郵便制度を復活させるべきなのかもしれない。しかし、郵便配達人を増員するのは簡単ではない。情報通信部が遅まきながら調整に乗り出したものの、舵を取っている企画予算処などは「小さな政府」政策に反するとし、否定的な姿勢を示しているという。為人設管(人の為に官職を設けること)式で作られた数多い高位の管理職を減らせば、この社会になくてはならない郵便配達人を増やせるだろうに・・・。
朴永均(パク・ヨンギュン)論説委員






